随想・雑感 生姜のこと

生姜のこと

前選考委員 津村 和伸

2017年から7年間に亘り、財団の選考委員を務めさせていただきました。財団に関わる先生方や関係者の皆様に改めて心よりお礼を申し上げます。研究課題の選考では、国内における大豆に関する現在および将来の研究動向を知ることができ、更には2023年から海外研究助成も開始され、海外の研究トレンドも知ることができました。今後も当研究財団を通して大豆たん白質に関する最先端の研究が生まれ育つことを期待します。

当財団は今まさに世界全体が取り組むべき課題への有効な解決策となる植物性食素材、大豆にいち早く着目し、研究助成、啓蒙活動を長く続けてきました。そして今日では、大豆のみならず植物性食素材はサステナブルで美味しく、健康に良い食糧資源として益々重要になってきました。

江戸幕府で歴代最長の在職期間であった第11代将軍徳川家斉(とくがわいえなり1773~1841)は、在職した50年間で数回の感冒で病臥した程度で極めて健康であったそうです。食事では「白牛酪」というチーズのような高タンパク乳製品を好み、大の生姜好きで一年中毎日欠かさずに食べていたとのことです。冬でも食べたい、というので芽生姜を栽培させて、租税免除までして献上させたと言われています。その息子の12代家慶(いえよし)も父にならって生姜好きでしたが、時の老中・水野忠邦が倹約令(いわゆる天保の改革)を出して、初物や時期外れの高価な野菜をすべて贅沢品としたので、家慶の食前から生姜が消えてしまいました。いつの時代でも経済政策で食卓の様相が変わるのが世の常でしょうか。

その生姜は特有の風味と香りから薬味や香辛料として古来より広く食材として利用されています。加えて血中コレステロール低下作用、解熱作用、鎮痛作用、抗酸化作用など様々な健康に寄与する機能が今日でも注目されています。味噌をつけて食べる「谷中生姜」は葉生姜の一種で初夏を告げる爽やかな食べ物で、私の好物の一つです。(残念ながら谷中生姜は関西の市場では買うことが難しいです)

中国(広東や香港)には「生姜ミルクプリン」、広東語で薑汁撞奶(キョンジャッゾンナーイ)と呼ばれるポピュラーなデザートがあるそうです。加温した牛乳に生姜の搾り汁を加えることで、ゼラチンなどの凝固剤や卵を使わずにプリンのように固まるのですが、牛乳のタンパク質が生姜に含まれるプロテアーゼによって分解し、凝固するためとされています。生姜プロテアーゼは食肉軟化剤として調理に利用され、特に筋肉タンパク質やコラーゲンをよく分解することが知られています。

近年、チーズの世界的な需要増加、そして子牛から得られるレンネットの入手困難や価格上昇により、チーズ製造時に従来のレンネットに代わる代替凝固酵素の探索が進められているようです。また宗教的要因や一部の消費者の菜食主義、あるいは動物愛護に関連する要因から動物由来レンネットの代替品として、いくつかの植物由来の凝乳酵素が利用されています。ただし、植物性凝乳酵素はチーズのレオロジー特性と官能特性への影響もありチーズ製造用途においてはまだ部分的にしか適用されておらず、研究途上のようです。

生姜に関連して書きましたが、大豆にもβアミラーゼという優秀な食品用酵素が含まれていることが古くから知られています。植物由来の機能素材、酵素などはサステナブルな食素材としてこれからの時代に再注目されるのではないかと思います。

〈元茨城大学 客員教授〉

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