随想・雑感 研究助成と助成課題報告会

研究助成と助成課題報告会

理事 松田 幹

 本財団の助成対象となった研究課題の成果報告会が毎年開催され、“たん白質及びこれに関連する研究”という幅広い分野の最先端の研究成果が発表される。発表内容の概要は、後日、会誌や財団ホームページで一般に公開されるが、報告会は助成を受けた研究者と財団関係者による研究討論会として非公開で行われている。未発表データとともに新奇な現象やアイディア、理論などが報告、提案され、参加者による活発な質疑と討論がなされている。愚生も時間と気力が許す限り参加して興味深く聴講させていただいている。報告される研究は、大豆などのたん白質や低分子化合物などの多様な成分に関する栄養学、食品科学、健康科学、育種学などに分類されるが、その基礎となる学問分野は化学、生物学から物理学や数学などの自然科学に加え、人文社会科学も含まれる課題もあり、極めて幅広い分野を包含している。自身の専門分野から外れた分野の研究も含めて最新の研究について知り、勉強できる貴重な機会である。専門研究分野や研究手法は異なるが研究対象では共通性のある研究者が一つの会場に集まって情報や意見を交換できることは、研究者にとって貴重な機会であり学術の発展にも有効である。その意味で毎年開催される報告会は大変有意義であり、本財団の研究助成事業の費用対効果も高めている。

研究成果を社会に還元する道筋を念頭に置きつつ、技術や製品の開発を目指す応用研究や、応用研究を加速させるための技術基盤や理論を構築する基礎研究が進められている。それぞれの研究課題が目指す社会実装の場は、農場や工場、キッチン、食卓に至るまで多岐にわたる。本財団の関係者として成果報告会には継続して参加できるという恩恵を享受して、毎年の研究会では報告される研究の変遷や動向を俯瞰しつつ大豆やたん白質の勉強をさせていただいている。基礎から応用までの学術研究が、広く浅くでも狭く深くでもなく、幅広く展開されて、さらに深く掘り下げられていることを実感している。関係者が言うと手前味噌になるが、このような大豆や食品たん白質に関連する学術研究の進歩には、本財団の研究助成を中心にした事業が大きく貢献していると思われる。

成果報告会に参加していて最近特に感じることは、研究対象を分析する技術と、分析で得られるデータを解析する技術の目覚ましい進歩である。これは特定の分野に限ることではなく、多様な研究分野に共通して感じられることであり、このような技術の進歩が研究を幅広く深掘りできている要因の一つと考えられる。例えば、大豆機能性成分の消化管内や体内組織での分布、局在や動態は、質量分析器とイメージングも含めたデータ解析技術の進歩によって高感度、高精度で分析して可視化することができるようになった。また、腸内細菌叢の研究では、便から抽出した微量のDNAを増幅して塩基配列を決定することで、腸管に棲息する細菌の種類と数を網羅的に解析できるようになった。

後者の網羅的な塩基配列決定を可能にした技術は、ずいぶん以前から“次世代シークエンス”と呼ばれてきたが、最近ではごく普通の分析技術となっている。近年では、次世代シークエンスを凌ぐ第三世代シークエンスとも呼ばれる新しい技術が開発されて急速に広まりつつある。この技術ではDNAを増幅することなく1本の長いDNA鎖の塩基配列を読むことが可能で、配列解読の精度も高くなって全ゲノム塩基配列の決定に大きく貢献している。これらの最先端の分析技術で得られる数値や配列の膨大なデータを解析するプログラムの開発や、記憶媒体の容量増加も含めたコンピューターの性能の向上など、データ科学技術におけるソフトとハードの両面での進歩も著しい。これまでは何年もかかって高額な経費をかけて解読していた全ゲノム解析が、短時間で比較的安価にできるようになった。このようにゲノム解析は一般の研究者にも身近なものとなっており、報告会においても、大豆の全ゲノム塩基配列を品種間で比較して大豆の成分や特性を決定する遺伝子型や特定の遺伝子を探し、それを育種やゲノム編集の標的にするような研究が報告されるようになってきている。

毎年の研究成果報告会で報告される研究からは我が国における大豆に関する研究のトレンドや今後の方向も垣間見ることができる。最近は本財団の活動も国際化しており、海外の研究機関で活躍している日本人研究者への研究助成も目に留まるようになってきた。数年前にはEUに財団支部が設置され、今年(2023年度)からは海外の研究者への研究助成も開始された。これからは研究報告会を通して大豆や食品たん白質に関する世界の最新の研究を聴けるようになるかもしれない。本研究財団の助成事業によって世界をリードするような研究が生まれ育っていくことを期待している。

〈福島大学食農学類 教授〉

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