随想・雑感 不二たん白質研究振興財団とともに

不二たん白質研究振興財団とともに

理事 佐藤 隆一郎

東京大学大学院で博士課程修了後、4年間の米国留学を挟んで13年間、薬学・医学領域で研究を続け、栄養・食品科学とは縁がありませんでした。それでもコレステロール代謝を中心に脂質代謝調節研究を続けていたので、母校の食糧化学研究室に助教授として戻る機会を得たのちは(1999年)、分子生物学的な手法を駆使し、独自スタイルの食品科学研究を展開することを心掛けて研究を進めました。こうして研究がようやく軌道に乗り始めた頃(2002年)、ありがたいことに一般研究助成に採用いただき、爾来不二たん白質研究振興財団とのお付き合いは20年を超えます。

本財団助成の特徴は、助成研究の成果を2日間にわたる報告会で発表し、評議員・理事・選考委員の先生方からの鋭い質疑に答えなければならないという試練が待ち受けているところにあります。他財団においては、ここまで規模の大きな、そしてシビアーな質疑応答のついた報告会は見たことがありません。私が初めて報告会で発表をした頃は、京都大学食糧科学研究所教授の鬼頭誠先生が会場の中央に座られ、各発表者に鋭い質問を投げかけられ、私も大いなる緊張感を体験しました。座長の先生、会場からの質問と発表者の応答は、学術的に非常にレベルが高く、内容の濃いもので、多くのことを学ばせていただきました。もう一つの特徴は、本財団では複数回の助成を受けることが可能である点が挙げられます。大豆に関する研究を極めれば長期にわたり研究支援がいただけることはとてもありがたいことで励みにもなりました。こうして複数年続けて報告会に出席すると、同じく複数年助成を受けた先生が年を経るごとに進展している研究成果を報告される様子を見ることができ、大いなる刺激を受けることもできました。

幸運なことにその後、特定研究助成を3年間いただくこともできました。じっくり腰を据えた研究テーマをと考えた末に、大豆タンパク質の中でも顕著な健康増進効果を示すβ-コングリシニンについて、その効果の分子メカニズムを明らかにする研究を進めることにしました。河野光登研究員(不二製油、当時)のヒト介入試験の論文によると、朝晩2回に分けて5gのβ-コングリシニンを摂取した際に、カゼインと比較して血清トリグリセリド濃度の有意な減少、CTスキャンにより評価した内臓脂肪の有意な低下が示され、ヒトでの代謝改善効果が実証されていました。同様の実験動物研究においても脂質代謝改善効果は示されていたものの、体内でβ-コングリシニンがどのような機構で効果を発揮するかについては依然として不明でした。食品栄養学研究では、餌の組成を変えて実験動物に長期投与し、体重、組織重量、遺伝子発現変動などを追跡するのが定石です。確かに体重、組織重量等の変化を見るには長期の投与実験が必須です。しかし代謝改善効果を発揮する餌を単回摂取したマウスの体内では、何か生理的な変動が生じているはずで、その長期間の蓄積が体重、組織重量等の変化を生み出しています。そこで私たちは、一晩の絶食ののちに6時間β-コングリシニンもしくはカゼインをタンパク質源とする高脂肪食をマウスに投与し、そののち肝臓からRNAを抽出し、DNAマイクロアレイ法により短時間に生じる遺伝子発現変動を網羅的に解析することとしました。その結果、驚いたことにβ-コングリシニンを含む餌を一回摂取したマウスの肝臓で激増した遺伝子としてFGF21を見出しました。本来FGF21は絶食時に肝臓での発現が上昇し、血流を介して各組織にエネルギー供出を促す、絶食応答ホルモンとして機能します。この定説通り、カゼイン食摂取直後にFGF21は減少し、一方β-コングリシニン食を摂取すると、体はさらに絶食したかのような応答をしてFGF21を上昇させました。異なるタンパク質源により生理応答が正反対する極めて不思議な現象を見出し、その分子機構の詳細を解析し、論文として発表することができました。特定研究は複数の研究組織での研究が義務付けられており、私たちは奈良女子大学の井上裕康先生を共同研究者としてグループを組んでおりました。井上先生はPPARαという因子の欠損マウスをお持ちでしたが、偶然にもFGF21はPPARαによって発現が上昇する遺伝子でした。そこでこの欠損マウスを用いた共同研究をスムースに進めることができました。特定研究という3年間の大型研究助成がなくして、これら研究成果は生まれなかったものと思っています。中期的な共同研究を支援する特定研究助成は、単発の一般研究助成とは異なる成果を生み出す推進力を秘めていることを実感いたしました。

その後、助成をいただく側から助成の採否を決定する選考委員として複数年間務めさせていただきました。そして現在は理事として財団の運営に加わらせていただいております。本財団がこれまでに多くの栄養・食品科学研究者(育種研究者なども含む)の研究を支援し、大豆研究の裾野を広げた社会的貢献は絶大なものであります。Global protein crisisが危惧される中、今後ますます植物性たん白質の有用性は高まることが予想され、その基礎研究を支援し、牽引する財団として本財団の評価が一層高まることを確信しております。

〈東京大学大学院 特任教授・東京大学名誉教授〉

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