随想・雑感 調理科学......研究余滴

調理科学......研究余滴

評議員 今井 悦子

私の専門は調理科学です。調理は科学だと、そして大変面白いと思ってやってきました。大豆も含めて食品はすべて必ず“調理”されて食され、栄養になり人の健康に寄与しています。現在、実験系であれば調理科学で用いる試料は食品であり、実験方法は調理操作であり、結果は成分分析、物性測定、官能評価等で示されます。ミクロの世界の研究と比べると、複雑系で大変大雑把かもしれません。しかし、人が食するものが必ず“食品を調理したもの”である限り、調理科学の研究は必須だと考えます。今後さまざまな研究領域と交流し、当研究財団の中でも発展していって欲しいと願っています。

調理科学の研究対象は広く、食文化や食生活・食行動などもその範疇です。私は小さな頃より家族の中での食器の使われ方に興味がありました。そこで、20年ほど前、食器に関する調査をしました。

家庭で日常的に使う食器には共用器と銘々器があり、後者のうち常に使っている人が決まっている食器を“属人器”と言います。世界的に見ると、世界共通に幼児期の食器の多くは属人器、そして日本と朝鮮半島も属人器。欧米、中国では属人器はないに等しい。中国では、お代わりをすると飯碗が変わることもある(一次的属人性もない!)ということを見聞きしたことはありませんか。

日本では属人器は、箱膳(銘々膳)からちゃぶ台(共用膳)への移行に伴って実現した(加藤秀俊、1978)と考えられています。なぜ日本では食器は属人器なのか?

属人器に関しては、属人性は汁椀から崩れてきているのではという推測(熊倉功夫1993)しかなかったので、まず実際の属人性はどの程度であろうかと、当時所属していた放送大学の宮城、新潟、埼玉、京都、広島、鹿児島の6つの学習センター所属の学生さん対象に質問紙調査をしました。

箸は、京都より北では専用(つまり属人器)が85~90%と食器の中では最も高く、広島が約70%、鹿児島は45%でした。次いで湯呑みは、京都より北が70~80%、鹿児島が65%、広島が56%でした。飯碗は、広島より北で70~80%、鹿児島は約50%でした。一方汁椀は、新潟より北で40%前後、京都より南で10~20%と他の食器より専用が低という結果が出ました。これらには家族人数などの因子も影響していると考え検討しましたが、湯呑み以外において影響第一因子は地域でした。

食器を専用としているのは、共用に抵抗感があってのことでしょうか。共用への抵抗感を聞いたところ、箸での抵抗感が最も高く約50%、次いで湯呑みと飯碗が30%台、汁椀が10~20%であり、地域比較をするとどの食器も他より鹿児島が、また食器によっては広島、京都も抵抗感が低い傾向にありました。専用・共用の実態と傾向は似ていました。これに関する影響因子を検討した結果、地域以外に、一部世代数の影響も見えました。なお興味深いことに、外食時の食器については、抵抗感ありは約10%でした(この質問だけ「どちらでもない」の選択肢があり、約25%でした)。

ところで食器共用への抵抗感ですが、家族内の誰との共用に抵抗があるのかというセンシティブな質問をしてみました。回答者は属性が様々ですから、例えば、子どもがいる回答者だけを取り出してそれを100%とし、「子ども」と回答した割合を出すという処理をそれぞれ行ってあります。どの食器についても、抵抗感ありは、義理の家族>父母>兄弟≧配偶者>子どもでした(最高:「箸」の「義理」の70%~最低:「汁椀」の「子ども」の10%)。人の心理について考えさせられる結果でした。

食器の属人性は食器によって大きく異なり、また東高西低の傾向がありました。そして共用への抵抗感があることもわかりました。これらの結果の理由も含め、なぜ日本では属人器なのか?の答えは大変難しく、今後どなたかが研究して下さることを期待しています。

属人性の実態は時代とともに変化していきます。私の調査から例えば20年、30年経ったとき、後輩に同じような調査をしてもらいその変化を見てほしいと願っていました。しかし、コロナ禍という大変なことが起こってしまいました。属人性にも影響を与えたのではないかと思っています。皆様のご家庭ではどうでしょうか。

〈聖徳大学人間栄養学部 兼任講師〉

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