随想・雑感 オープンサイエンス時代の「大豆たん白質研究」誌

オープンサイエンス時代の「大豆たん白質研究」誌

理事 村本 光二

不二たん白質研究振興財団の前身である「大豆たん白質栄養研究会」が1979年に設立された当初から、研究助成だけでなく、研究報告会が開催され、研究会誌が刊行されてきた。研究会誌は「Chemical Abstract」にも登録されて、我が国の大豆たん白質に関する研究の進展を世界に発信し、現在の「大豆たん白質研究」誌に引き継がれている。財団のホームページで公開されている「大豆たん白質研究」誌通巻40巻までの報告総数は1000題目以上におよび、ホームページのみならず「Google Scholar」などのWeb上でも検索され、研究論文にも引用されている。

助成研究の成果報告書としての「大豆たん白質研究」誌の構成は和文の研究論文に準拠するが、題目・著者/所属、要旨、図表の説明は英語である。当該研究成果を学術雑誌に発表する時間的余裕をもたせるために、あえて研究報告会の翌年に本誌は刊行されている。ほかの学術雑誌に発表しない場合には、査読制度を採用していない本誌が出典となる。英文の研究題目や要旨から、日本語が分からない閲覧者にも本誌の内容の概要は理解できようが、もっと詳しく知りたい読者も多いと思う。

近年、日本の世界における科学技術力の相対的な低下が取りざたされている。「科学技術指標2020」(科学技術・学術政策研究所)によれば、研究開発力を示す指標の一つである自然科学分野の論文数、およびその注目度(論文の引用回数)で、日本の低下傾向が続いている。1980年代から2000年代初めまでは、日本からの論文数は増加し、一時は米国に続いて2位になったが、近年は論文数の横ばい状態が続いている。世界の学術論文数が1980年代から40年間で3.8倍に増加したので、日本の順位が相対的に下降したのだ。もちろん数値だけの比較には議論はあるが、論文作成を担う研究者の研究・社会環境の現状を良しとする意見はなかろう。

世界的な論文数の激増は、新しい雑誌の増加によるものといわれる。従来の学術雑誌の多くは、電子ジャーナルとして大手出版社から配信されているが寡占化が進み、購読には多額のパッケージ契約が求められて世界のアカデミアを経済的にひっ迫させている。この状況も相まって台頭してきたのがオープンアクセスの雑誌である。査読制度は従来と同じだが、著者が高額の掲載料を負担する代わりに、読者は自由に掲載論文を読むことができる。大手出版社とパッケージ契約のできない環境下にいる者にとって有難い存在だ。しかし一方で、短期間に容易に論文を発表したい著者を狙った、査読制度が不備で営利目的の「ハゲタカオープンアクセス」雑誌の跋扈を招いている。

オープンアクセスは著名な有力学術雑誌にも広がっているが、オープンアクセスも含めて学術雑誌の要点は、その査読制度にある。さきの「ハゲタカ雑誌」の所以は、投稿された論文を、実質的には査読せず、高額料金をとって掲載することにある。従って、論文の質の保証がない。研究論文の査読は、研究者にとって、論文を発表することと同様に重要な使命である。ところが時として、査読を依頼されると多忙などを理由に断ったり、いたずらに時間をかけることがあり、著者が査読に不満を感じることも多い。編集委員からすれば、査読を適切かつ公正で、迅速に対応してくれる研究者に依頼するのは当然だが、査読者探しに苦労するので、査読を極力引き受ける研究者に過重の負担を強いることになる。こうした状況に対していくつかの試みがなされている。

まず、査読者にインセンティブを与えることがあげられる。査読者にその出版社のデータベースへのアクセス権や各種割引などの特典を与えたり、査読実績を論文発表と同じように業績として認めようとする「Publons」の査読登録サービスなどである。関連雑誌をもつ学術雑誌では、却下された論文の査読結果とともに別の雑誌に審査を引き継ぐポータブル査読で効率化が図られている。これらは査読の質を保障するためでもあるが、査読をオープンにする取り組みもあり、評価の高いオープンアクセス誌「eLife」では、掲載論文とともに査読者のコメントや著者からの回答が掲載されており、その査読制度の厳格さを実感できる。研究分野によっては、プレプリントサーバーが活用されている。査読前の論文をサーバーに公開して、識別子DOIを得るとともに、研究分野内での評価を受けつつ、学術雑誌に投稿するやり方である。これらはまだほんの一部の試みかもしれないが、最近の学術コミュニケーションの多様化には目を見張らせる。

このようなオープンサイエンスの時代にあって、特色ある「大豆たん白質研究」誌は、学術情報流通の多様性に寄与するものであり、今後の展開によって国内外の研究者にさらに活用される可能性は高いといえる。

〈東北大学名誉教授〉

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