随想・雑感 メタボ、内臓脂肪、アディポネクチンと大豆たんぱく

メタボ、内臓脂肪、アディポネクチンと大豆たんぱく

前評議員 松澤 佑次

日本動脈硬化学会理事長を務めていた私が、糖尿病学会、循環器病学会、肥満学会、高血圧学会、内科学会など8つの学会から招集した代表委員とともに、メタボリックシンドローム診断基準策定委員会を構成し、2005年4月にメタボリックシンドロームの定義と診断基準を発表した。この新しい疾患概念の診断基準の必須項目が、腹囲男性85cm、女性90cmというあまりにも身近な指標で一見非科学的に見えたことなどに関して、発表直後から賛否両論の論議が一気に全国に広まった。「メタボ」などと略され、肥満の意味で日常にも使われるようになり、2006年の流行語大賞では「イナバウアー」、「品格」の次点として3位に選ばれたこともあり、後に広辞苑の一般用語にまで取り上げられた。このような知名度の割には、本質が十分理解されているとは言えないので、改めてこの疾患概念のキーである、内臓脂肪蓄積と、脂肪細胞由来生理活性物質(アディポサイトカイン)とくに最も重要なアディポネクチンの位置づけを紹介したい。

我が国の肥満の程度は欧米に比べ遥かに軽度であるが、しかし肥満が関連する生活習慣病の頻度は、決して欧米に引けを取らない。また、高度肥満者を分析すると必ずしも生活習慣病を有しているとは限らない。つまり肥満の程度ではなく、肥満の質が病気の発症を決めることは一部の肥満研究者は気づいており、古くはマルセイユ大学のVague教授が男性型肥、1980年代になってウィスコンシン大学のKissebah教授がウェスト/ヒップ比で、上半身肥満というハイリスク肥満の概念を提唱した。私たちは肥満者の脂肪分布を科学的に分析するために、1970年代から我が国に普及し始めたCTスキャンを応用した方法論を開発したが、これによって、肥満の定義である脂肪組織の過剰蓄積は、それまで考えられてきたような皮下脂肪のみに起こるだけではなく、腹腔内の内臓脂肪にも起こることを明らかにした。さらに、肥満と関連するとされる多くの病気は皮下脂肪ではなく内臓脂肪の過剰蓄積が決めることが多くの臨床研究によって証明され内臓脂肪症候群という概念が生まれたのだ。また、臍のレベルでのCTスキャンの断面積で、内臓脂肪面積が100cm2を超えると高血糖、脂質異常、高血圧などのリスクを一つ以上発症するという分析結果より、男女とも100cm2を内臓脂肪蓄積の基準値とするのが有用であることも証明された。このように、単に肥満度で健康障害のリスクを判定するのではなく、内臓脂肪の過剰蓄積によって、高血糖、脂質異常、高血圧などのリスクが一個人に複数発症し、そのリスクの集積によって最終的に動脈硬化性疾患のハイリスク病態と認識し、内臓脂肪減量のための生活習慣の改善指導によって薬に頼らない対策を行うというのが我が国のメタボリックシンドロームの概念である。因みに、この概念を使った特定健診・特定保健指導の制度が法制化されたときに、メタボリックシンドロームはカタカナであるため、官報には正式名として、内臓脂肪症候群として記載されているのはあまり知られていない。なお、診断基準策定委員会で決められた、腹囲、男性85㎝、女性90㎝の基準は内臓脂肪、100cm2に相当することで決められたのである。

さてこのよう内臓脂肪の蓄積がなぜ多くの病態を引き起こしまた最終的に動脈硬化を起こすのかについての基礎研究から脂肪細胞をフォーカスした、いわゆるアディポサイエンスが生まれ、単なるエネルギー備蓄細胞と考えられていた脂肪細胞が、多彩な生理活性物質を合成し分泌している内分泌細胞であることを明らかし、アディポサイトカインの概念を提唱できた。蓄積した内臓脂肪から炎症性サイトカイン、昇圧物質、血栓性物質などの分泌が増加し、メタボリックシンドロームの病態形成に関与することが示されてきた。さらにも最も重要な発見として、脂肪細胞は私たちがアディポネクチンと名付けた抗炎症作用、抗糖尿病、抗炎症作用、抗動脈硬化作用など多彩な病気の予防効果のある善玉のコラーゲン様蛋白を大量合成分泌しているという事実が示された。アディポネクチンは内臓脂肪の蓄積によって合成が抑制され、血中レベルが低値となる。低アディポネクチン血症が、2型糖尿病、高血圧、脂質異常のみでなく、心筋梗塞などの血管病などメタボリックシンドロームの病態と密接に関連することが国内外の多くの研究によって証明されているのである。このようにわが国のメタボ対策のキーワードは内臓脂肪を減らす、アディポネクチンを増やすという、いずれも明確で、重要なマーカーに重点を置くことになる。さて当財団では大豆たんぱくがこの二つのマーカーの改善になるという研究成果が得られているのである。当財団の役員であった鬼頭教授らが中心になって行われた研究で、大豆たんぱくが内臓脂肪減量に有効であることを明らかにしており、私たちのグループは第1回の財団特定研究課題として助成していただいた研究により大豆たんぱくがアディポネクチン合成を促進する研究の成果が得られているのも、私にとって良い思い出である。今後も大豆たんぱくというわが国の食文化を代表する食品が、糖尿病を代表とする生活習慣病だけではなく多くのがん、認知症にも関連するといわれるメタボに対する効果を検証する研究が続いていくことを期待している。

〈大阪大学名誉教授・住友病院名誉院長〉

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