随想・雑感 ウィズ/アフターコロナと新たな教育システム

ウィズ/アフターコロナと新たな教育システム

前理事 今泉 勝己

2019年12月に中国で発生したと推定される新型コロナウイルス感染症は2020年7月末現在、地球規模で猛威を振るっている。2020年2月頃までは、大学教育現場にも日本への侵入はくい止められるとの期待感があったが、中国からの直接的なウイルスの侵入に代わり、ヨーロッパを経由したウイルスが日本中を席巻することとなった時点で、多くの大学が感染症の蔓延を防止する目的から3月の卒業式、4月の入学式とそれに付随する諸行事も中止や延期せざるを得ない状況に追い込まれ、更に新学期の開講さえも危ぶまれた。筆者の所属する私立大学も例外ではない。以下、今回の新型コロナウイルス禍がもたらした今後の大学教育システムについて、私の所属大学の取り組みを挙げながら考えてみたい。

新型コロナウイルス防御対策として、密閉、密集、密接いわゆる三密を避けるため、多くの大学が対面授業は困難と判断し、急遽オンデマンド型や同時双方向型等で遠隔授業を行うこととなった。2020年6月1日、文科省の調査では遠隔授業を実施している大学は90%以上になっていた。私の所属大学も5月第2週から遠隔授業を開始した。遠隔授業にはパソコン(PC)とインターネット回線が必要であるが、私の所属大学は2018年度から必携PC制度を導入していたことから、PCの準備がスムーズに行え、大学メールからオンライン教育システムであるMoodleへ誘導した。新入生はキャンパスに来ないままでのオンライン授業の開始であったことから、課題に対する回答率が高学年次よりも明らかに低値となっている。遠隔授業の実施に当たっては、経済的理由により自宅にネット環境を構築することが困難な学生には、大学からモバイルルータを無償で貸与した。遠隔授業の受講状況については、Moodleへのログインを2週間に1回調べ、ログインが無い学生についてはクラス担任が学生に連絡をとっている。また、遠隔授業を自宅において一人で受講することから心理的・精神的負担がある学生にはオンライン面談を行い、あるいは、三密に配慮して学内施設において遠隔授業を実施している。遠隔授業に必要な装置の整備に対する学生の不満は、それほど大きくはない。遠隔授業は、大学設置基準上では「・・・多様なメディアを高度に利用して、当該授業を行う教室等以外の場所で履修させることができる」により対面授業の補助的な位置づけとして扱われているが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により面接授業が困難と認められる場合には、特例的な措置として、面接授業に相当する教育効果を有すると大学において認められるものについては、文科省は弾力的に取り扱って差し支えないと認めている。

7月1日時点の文科省の調査では、授業を実施していると回答のあった大学等のうち、約6割においては面接授業と遠隔授業が併用されているとなっている。

毎日新聞(6月24日)の遠隔授業に対する「オピニオン」は、オンデマンド型遠隔授業は課題提出が滞る、講義形式ではないので小さな疑問を誰にも聞けない、自宅での学習に飽く、あるいは、精神的ストレスを感じる、教員と一対一であり他の学生の雰囲気が掴めない等、学生の不満が紹介されている。また、教員の側も、自宅で遠隔授業の準備をし、通勤して大学で多数の学生を前に授業する必要がない代わりに、学生の学修状況や反応が見えず、一方方向の授業になりがちで、昼夜の区別なく課題の回答を送りつけられ、それらを添削することにストレスを感じているとある。しかし、問題は遠隔授業によりキャンパスで教員、学生の触れ合いがなくなることの方が重大であると言っている。授業と共にキャンパスにおける交流が学生を育むものであり、「遠隔化は大学の危機」との懸念が表明されている。

大学経営論の専門家・篠田道夫氏はコロナ対応による新たな教育システムについて次の様に纏めている。緊急対応で始まった遠隔授業は、授業映像やデータの記録が可能で授業改善に活用できる。映像で授業研究を行う、授業評価を行うなどの利用も可能であり、中教審答申の「学修者」本位への教育の転換に大きく前進する。実験・実習などは一般に遠隔授業では難しいとみなされているが、遠隔授業で行っている大学があり、様々である。むしろ、工夫次第では、これらの授業も遠隔で行うことが可能であり、これまでの対面授業以上の効果をもたらすかもしれない。対面授業と遠隔授業を本格的に融合する教育体系に本格的改革ができれば、学びの自由度も高まり、強い特色となり得る。遠隔授業は受講場所に制約がなく、オンデマンド型は時間の制約もない。通学圏が広がり社会人の学び直しや障害者等受講が容易となる。高校生は立地場所に拘らず大学選択ができるので、自宅と大学の双方で学べる環境は大学のあり方を変えるだろう。遠隔講義は講義室が無くても多数の学生に対応できることから、少人数・対面型の特色ある授業に教員を重点的に配置するなど、教育編成上の自由度も増す。この様な大学の例として、開校6年目の米国ミネルバ大学があり、「ハーバード大よりも行きたい大学」と称賛されているが、同大学にはキャンパスはない、と紹介している。

今のところ、新型コロナウイルス感染収束は見通せない状況にあり、むしろ感染者の増加が私の所属する大学所在地福岡県でも連日報道されている。後学期以降、第2波、第3波流行でキャンパスの再閉鎖も懸念される中、上述の状況を踏まえつつ、学生に添ったより良い授業を模索し、教育の質を落とすことなく学生を社会に送り出すべく最大限の努力をしていく所存である。

〈久留米工業大学 学長〉

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