随想・雑感 和食文化と大豆

和食文化と大豆

評議員 的場 輝佳

私は大豆加工品が大好きである。特に、高野豆腐(JAS名称『凍り豆腐』)は大好物で、奈良県生まれの私は、幼い頃から“こうや”、“こうやさん”の名で親しんできた。私の誕生日に、家内は必ず一口大に切った高野豆腐をたくさん炊いてくれる。昆布とかつお節の一番だしの味付けでなくても、煮干しや市販の風味だしで炊いてもおいしい。何日食べ続けても飽きない。ただ、最近の高野豆腐は、柔らかく風味に癖のないものが多く、少々物足りない。乾物特有の香りの、やや硬めで、歯ごたえのなる昔風の“こうや”が私の好みである。また、市販のお惣菜のものは、柔らかく炊き上げてあり、甘くて高野豆腐本来の素朴な風味がない。“巻き寿し”や“ちらし寿し”の具に、高野豆腐は欠かせない。その昔、高野山、信州や東北などの寒冷地で、凍った豆腐から偶然できたのが高野豆腐の起源である。今日でも、冬期に軒下に吊るして、手作りで自家製の「凍み豆腐」を作っている地域もある。

油揚げは豆腐を素揚げしたもので、薄揚げ、厚揚げ、すし揚げなど一般的なものに加えて、定義山三角揚げ(宮城)、三春三角揚げ(福島)、栃尾ジャンボ揚げ(新潟)など、郷土色豊かである。かつて、東北の被災地をたずねた時、福島県中通りの郡山市の居酒屋に立ち寄った。カウンターのおかみさんに「何か地元の料理を」と注文すると、控え目に「田舎の食べ物しかありませんが・・・」と、冷蔵庫から“三春三角揚げ”を取り出し、軽く油で揚げ直した熱々のものに醤油をかけた一品を出して下さった。箸を入れると中から納豆と刻んだピーマンが顔をだした。茶と緑と白の素朴な色合いに感動し、大豆の絶妙の風味も加わり酒がすすんだ。東北の食堂やそば屋では、炙っただけの色んな形の油揚げが必ず一品として添えられていた。東北の人たちは、油揚げが大好きで、皆さんから愛されている大豆食材であると実感した。

ここで、歴史的なことに触れてみたい。高野豆腐や油揚げは、豆腐から加工されたものである。豆腐は、前漢(約2000年前)の淮南王“劉安”によって発明されたとされている。その原料の大豆は中国が原産で、日本には弥生時代に朝鮮半島を経緯して渡来したようだ。大和の藤原京や平城京から出土した木簡に“大豆”の文字がみられ、飛鳥・奈良時代に大豆が食材として確かに使われていたこ とがわかる。鎌倉時代以降、仏教の影響を受けて広がった“精進料理”は、大豆の調理・加工機能を最大限に生かし切った料理である。江戸時代の『豆腐百珍』(料理本)は、江戸庶民に愛読され、豆腐料理が人気の的であったことを窺わせる。

豆腐の製造過程で、豆乳、おからが付随的に産出され、豆乳から湯葉に、豆腐から高野豆腐、油揚げ、がんもどき(ひろうす)に加工される。これらの大豆加工品は、豆腐から派生した副産物である。

私は、20年ほど前に、大豆栽培や豆腐製造の起源である中国に学術交流の一環で赴いた機会を利用して、大豆食品について調べたことがある。陝西省西安市(唐の都・長安)の裏通りで豆腐屋を見つけた。ムッとする絞り粕の酸化臭が漂う小屋で、ほとんど日本と同じ方法で製造されていた。豆乳を凝固させた豆腐は、成型して積み上げ重石をかけて固めに仕上げた後、生のまま、あるいは軽く揚げ て出荷されていた。しかし、これらは、冷奴、湯豆腐、田楽、白和えには向きそうにない癖のある豆腐であった。市場では、板状と縄状の濃い黄色の乾燥湯葉や臭豆腐も売られていた。また、庶民的な鍋料理(骨付き肉、白菜、青菜、大根、うどん)に、高野豆腐も加えられていた。確かに、中国各地(北京、上海、杭州など)に日本と同じ大豆加工品があった。しかし、これらは油を使った中華料理に仕向けられるためか、食材の風味を生かす和食には向かないと感じた。

日本では、昔から大豆が大量に栽培されてきた訳ではない。限られた供給量にもかかわらず、山間部の貴重な栄養源として、精進料理の食材として、創意工夫をこらして大豆を大事に使ってきた。さらに、味噌、醤油、糸引き納豆、寺納豆など我が国独自の発酵食品を生み出した。また、昆布や鰹節などの“だし”の入手が難しかった地域では、煎り大豆を砕いて“だし”として使っていた。今日でも精進料理の“だし”に使われている。大豆に“おいしさ”があることを、日本人は永年にわたる生活文化の中で知り、気候風土に合わせてそれを磨き育ててきた。

日本は、世界から見ればマイナーな大豆生産国であるが、世界で最も食生活に大豆を活用している国である。大豆の母国、中国に優る“大豆の食文化圏”を形成している。大豆を伝統的な食材としてのみならず、新たな機能性を開拓して、新食材を開発するための基礎研究が、日本で継続的に進められ、世界に発信している意義は大きい。世界の食糧危機を救済するためにも、未来に向かって、本財団の活動は重要だと思う。

〈奈良女子大学名誉教授〉

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