随想・雑感 一粒の麦もし死なずば

一粒の麦もし死なずば

前理事 岸 恭一

来年(2019)は、財団の前身である大豆たん白質栄養研究会の設立から40年になります。人間で言えば不惑の年を迎えます。確乎たる基盤の上に、さらなる発展に向けて鋭意邁進することが期待されます。

喜ばしい限りですが、世間では痛ましい事件がまた起きました。船戸結愛(フナト・ユア)ちゃんがわずか5歳で2018年3月2日、低栄養状態などに起因する肺炎による敗血症で亡くなったというニュースです。それも、肋骨が浮き出るほど痩せ、おむつを着け、布団の上で仰向けに倒れていたということです。警察の調べによると、実の母(優里)と義理の父(船戸雄大)が十分な食事を与えずに栄養失調状態に陥らせて放置し、2月末ごろにはほぼ寝たきり状態で、嘔吐を繰り返していたようです。司法解剖の結果、脳内出血が確認され、頭部や目の周囲に打撲痕もありました。免疫に関わる胸腺の重さは同年代の平均の1/5程度であり、長期間、継続的に虐待されていたことを窺わせます。

生前、結愛ちゃんは室内灯がない部屋で、一人で寝起きしていました。自分で目覚まし時計をセットして毎朝4時ごろに起床し、薄暗い部屋で、父に命令されて平仮名を書く練習をしていました。それで書いたのが以下の悲痛な手紙です。

もうパパとママにいわれなくても
しっかりと じぶんから きょう
よりかもっともっと あしたは
できるようにするから もうおねがい
ゆるして ゆるしてください
おねがいします ほんとうにもう
おなじことしません ゆるして
きのうぜんぜんできてなかったこと、
これまでまいにちやってきたことを
なおす
これまでどんだけあほみたいに
あそんだか あそぶってあほみたい
だからやめるので もうぜったい、
ぜったいやらないからね わかったね
ぜったいのぜったいおやくそく
あしたのあさは きょうみたいに
やるんじゃなくて もうあしたは
ぜったいやるんだぞとおもって
いっしょうけんめいやってパパと
ママにみせるぞというきもちでやるぞ

なんと素直な、真面目で、聡明な、努力家で、可愛い子でしょうか。一生懸命、必死に、覚えたての平仮名でノートに綴っています。

そのような結愛ちゃんに対して、父は太っているとして食事を制限し、毎朝体重を測らせ、1日1食の日もあったといいます。その結果、香川県にいた1月4日に16.6 kgあった体重は、3月2日の目黒での死亡時には12.2 kgになっていました。また、結愛ちゃんの言動に気に入らないことがあると、“しつけ”と称してベランダに放置し、足の裏には霜焼けの跡もありました。

もはや結愛ちゃんを生き返らせることはできませんが、皆の心の中に甦らせることはできます。『ヨハネ伝』の第12章24節のキリストの言葉に、「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」(I am telling you the truth: a grain of wheat remains no more than a single grain until it is dropped into the ground and dies. If it does die, then it produces many grains.)とあります。結愛ちゃんのかけがえのない命を無駄にすることなく、世の中の恵まれない子供達に生かす必要があります。子供だけではなく、‘酸いも甘いも噛み分ける’はずの年となった自分にとっても、5歳の結愛ちゃんの努力の跡を見習えば、今後の困難に打ち克てないはずはないと信じます。

財団の事業は、理事長様をはじめとする関係各位のご尽力により発展の一途をたどっており、留まるところを知りません。この先、如何なる障壁に出あうとも限りませんが、結愛ちゃんの不屈の精神にあやかって、本財団が今後とも世界の人々の食を支え、幸福に資することを願ってやみません。

〈徳島大学名誉教授〉
〈名古屋学芸大学名誉教授〉

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