随想・雑感 次世代機能性食品

次世代機能性食品

理事 阿部 啓子

顧みると約100年前、日本で世界最初のビタミンと旨味物質の発見があった。前者は鈴木梅太郎博士(当時・東京帝国大学農学部教授)による米糠からの抗脚気因子オリザニンの単離であり、後者は池田菊苗博士(当時・東京帝国大学理学部教授)による昆布からのグルタミン酸ソーダの精製であった。栄養・社会面と嗜好・産業面でのこの2つの画期的出来事は、その後のわが国の、そして世界の食の科学の二大潮流になった。

ところが、“健康”が人口に膾炙し始めた30〜40年前、食品には①栄養面での働き、②嗜好面での働きに加えて、③病気予防面での働きがあることを日本の食品科学者たちが提唱し、③の効果・効能を有する食品を“機能性食品”と命名した。このコンセプトは世界の食品科学・技術界に広まった(Nature, 1993)。

呼応して、わが国の行政は“特定保健用食品”(トクホ)という名の機能性食品を法制化した。続いて最近では、“機能性表示食品”という新たな制度を設けたことは周知の事実である。これらの食品の機能の主体は抗酸化であり、その主要な目的はいわゆる生活習慣病の予防であった。

折も折、内閣府/農林水産省が支援する新国家プロジェクトSIP(Strategic Innovation Promotion Program)がトップダウン式に誕生し、私はその推進役を任命された。その概要をNature(2017)“Spotlight on food science in Japan”のヘッドラインで紹介した。それにより、この新プロは国際的にも評判となっている。

新プロ実現には、日本を含めた先進諸国における健康長寿(healthy longevity)への志向という社会的背景がある。特徴的なのは、現行の機能性食品制度が病気予防を指向するのに対し、新プロは健常者をも対象とし、その生活の質(QOL)の改善を新たな目的とする点であり、したがって主題を“次世代機能性食品の研究”に改めている。

この新プロは省庁横断的(cross-ministerial)に展開されている。学術的に中心にあるのは数多くの大学であり、産業的にそれを補強するのは更に多くの民間企業の研究者・技術者であり、官・産・学のコンソシアムを形成している。民間の力を導入したのは、最終的に“次世代機能性食品”と呼び得る新しい農林水産物の開発・商品化を視野に入れているからである。私が推進するこうしたグランドデザインの下には次の4つのプラットホームが準備され、実際に動き始めている。Iは、食シグナルとくに末梢感覚情報と身体健常性の関わりを解明する研究班が担当する。脳の認知(コグニション)の活性化によるストレス軽減、認知症発生の遅延などがテーマとなる。代表は三坂巧氏(東京大学)にお願いしてある。IIは、身体の動き(ロコモーション)の改善を目途とする食品科学で、筋肉減退(サルコペニア)の防止が具体的テーマである。代表は佐藤隆一郎氏(東京大学)である。IIIは、時間生物学(chronobiology)を基盤とする栄養学の研究で、これを食と運動(スポーツ)の関係の解明に特化しているのが特徴である。代表は、柴田重信氏(早稲田大学)が務める。IVは以上の全てに関わる生体恒常性(ホメオスタシス)の食による維持の検証を目途とする。とくに未病マーカーをツールとする研究が行われつつある。代表は杣源一郎氏(自然免疫制御技術研究組合)である。

参加する企業はI〜IVのいずれにもコミットでき、しかも複数のプラットホームに寄与できる。企業の中には不二製油株式会社がある。公益財団法人 不二たん白質研究振興財団の研究成果をも含めて、次世代機能性食品の実例が開発されることを心から期待する次第である。

〈東京大学 名誉教授・大学院農学生命科学研究科 特任教授、
地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 グループリーダー〉

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