随想・雑感 不二たん白質研究振興財団の更なる御発展を祈念して

不二たん白質研究振興財団の更なる御発展を祈念して

前評議員 貝沼 圭二

2005年不二たん白質研究振興財団の評議員に就任し、今年5月満期で退任しました。その間、公益法人化への移行など体制の変化も経験しましたが、新しい法人制度への変化は、いくつか所属していた社団法人、財団法人の体制の変遷と同時期でもあり、その時の経験を分かち合うことができたと思っております。

当財団が日本の植物タンパク質研究に果たしてこられた貢献は計り知れないものがあります。当財団から研究資金をうけてダイズの育種、栽培、種子に蓄積されたタンパク質の構造、栄養、加工などの基礎及び応用の分野で毎年幅広い研究が行われ、研究業績も蓄積し、研究者の数も飛躍的に増加したものと思われます。今後、これらの成果を研究で終わらせるだけでなく、産業技術として活用できるものが次々に誕生することを大きな期待を持って見ております。ダイズに関するいくつかの思い出や産学官の連携による基礎研究の産業技術への移行などについて日頃考えていることを述べさせて頂きます。

米国におけるダイズ利用についての雑感

我が国においてダイズの利用技術は納豆、豆腐、味噌、醤油などの伝統的な食品製造に用いられており、長い歴史を持っていました。

1958〜59年頃、日本を代表する3名のダイズタンパク質の研究者(いずれも鬼籍に入られました)が米国農務省に招かれて、日本の伝統的なダイズ利用、新しいタンパク質化学の研究を米国農務省北部研究所(NRRL イリノイ州ペオリア)で行っていた時期がありました。当時米国にはダイズを食料にする考えは全くといってよいほどなかったのですが、将来に向けての準備が着々と進行していたものと思われます。その後、NRRLにはダイズ利用の専門の研究室が置かれて、幅広い研究が展開されてきました。

それから10年経過した1968年、筆者がダイズ生産の中心地であるアイオワ州で2年間を過ごした時期にも、ダイズを食料と考える人はほとんどおりませんでした。枝豆が欲しくなって農家の圃場に貰いにゆくと、根ごと引き抜いたダイズを車のトランク一杯にプレゼントされ、「何に使うのか」と質問されました。「boiled green soybean」にしてビールのつまみにするのだと話すと、びっくりされたことを覚えています。

その後も米国に行く度に、スーパーマーケットなどでmeat extenderなどの形でエクストルーダー処理をしたダイズ製品が並ぶ数が増えて、牛肉や豚肉からダイズタンパク質へ消費の動向が少しずつ変化してきていることは感じましたが、これが表舞台に出るまでには随分時間が経過したように思いました。

更に時が過ぎて、2005年世界最大の食品学会であるInstitute of Food Technologists (IFT) 総会が、ニューオリンズで開催された時、IFT Japan Sectionの学界および企業からの参加者25名とアイオワ州立大学を再度訪問しました。この時、米国では既にダイズタンパク質の健康に対する効用が広く伝えられており、アイオワダイズ協会の人が如何に健康に良いかということを日本人の我々に説明をしてくれました。「Edamame」、[Natto]、[Tofu]などはスライドにも書かれていました。「釈迦に説法」という気もしましたが、栄養学的なデータを揃えた内容の話で、アメリカ人向けに作られたダイズの素晴らしさを示す講演の内容でした。大学のパイロットプラントではダイズを原料としてエクストルーダーを用いた食品及び非食品への種々の加工が行われていました。またトウモロコシのタンパク質であるzeinを用いて、海軍用の使い捨て食器としてスプーン、フォーク、ナイフや皿などが試作されていたのが、印象的でした。

2015年に再びアイオワ州立大学を訪問した際には、大学のパイロットプラントではダイズと共にコーンベルトの主産物であるトウモロコシを用いたエタノール生産の基礎的な研究が進行しているようでした。これらのとぎれとぎれの経験から1960年代をスタートにして、米国におけるダイズの食料としての研究、工業原料としての加工が急激に進んでいることを実感しました。

産学官の連携を推進してきた澱粉研究懇談会

タンパク質研究から離れますが、澱粉、糖質の研究を中心にして、基礎研究の成果を実用研究・技術に発展させることを大きな目標にして運営をしている澱粉研究懇談会があります。その成り立ちと現況を少し紹介させて頂きます。

Starch Round Table(SRT)は1940年代にアメリカでスタートしました。1957年に参加された二國二郎大阪大学教授は、自由で談論風発の雰囲気、産学を問わず、年齢の上下を問わない議論などに痛く感激されました。日本でもこのような研究会が欲しいという先生の強い意志を受けて1960年食品総合研究所に事務局をおいて澱粉研究懇談会(Japanese Starch Round Table、JSRT)が誕生しました。これは当時として珍しい産学官連携の研究会で、今年で第56回を迎える息の長い会になっています。

1960年代の政府の過剰滞貨澱粉を消化するための研究に端を発したブドウ糖や異性化糖の酵素法による生産、1970年代に始まる第2世代の新規糖質である種々のオリゴ糖、糖アルコール、更には、将来に向けて大きな注目を集めている希少糖の工業生産などがこの会の会員企業から世に出されています。JSRTで基礎研究や技術が発表され、その後に会員企業から世界で初めての製品として生まれてきたものが多くあります。

初期の会の運営は、食品総合研究所の事務局を中心に進め、途中から日本応用糖質科学会の各支部のご協力を得て、支部持ち回りで開催しました。4年前からは現在この分野の最も旬な研究者が自発的に事務局、企画委員、実行委員会などを組織して運営してくれています。研究懇談会は伊豆の伊東温泉で行い、構成は110名程度で60%が産業界の出席者、40%が学界からの出席者で2泊3日の合宿形式の会で、朝の9時から夜11時までが正規のスケジュールです。夕食後は、アルコールを飲みながら議論を継続する人、名刺を交換する人などのための時間になり、主に人的交流に使っています。学界からの参加者は招待制になっており、会への貢献が強く求められています。議論に積極的に参画すること、企業からの参加者との交流や研究を通したアドバイスなどを進んで行う方に来て頂くように気を配っています。日本の応用糖質科学の基礎と応用は日本応用糖質科学会と澱粉研究懇談会が両輪で進めているといっても過言ではありません。筆者は最近20年間、澱粉研究懇談会の代表世話人を務めていますが、基礎科学の研究で止まることなく成果を社会に還元することを目指して、産学官の協力、自由な雰囲気での議論など一味異なる研究懇談会になるような運営に努めています。

最後に不二たん白質研究振興財団の益々の御発展を祈念いたします。

〈つくばサイエンスアカデミー運営会議委員、大日本農会 理事〉

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