随想・雑感

大豆タンパク質研究の新しい課題

元選考委員 裏出 令子

 大豆はデンプンをほとんど含まないが、高含量の油(約20%)とタンパク質(約30%)が特徴となっている。これが他の穀類と比較して高栄養な作物と認識される根拠となっている。これに加えて米国食品医薬局(FDA)は、一日当たり25gの分離大豆タンパク質を摂取すると心臓疾患が予防できるという食品表示を1999年10月に認めている。これは大豆タンパク質に血中コレステロール量や中性脂肪量を低減させる機能が知られるようになってきたことによる。従来、大豆タンパク質は2種類の主要なタンパク質で構成されているとされてきた。すなわち、グリシニン(約60%)とβーコングリシニン(約40%)である。そして、前者が血中コレステロール低下に、後者は血中中性脂肪低下に機能していると考えられてきた。しかし、2007年に新しい分離技術が開発され、単離大豆タンパク質を構成する主要タンパク質は3種類であることが明らかにされた。すなわち、グリシニン(約40%)、βーコングリシニン(約20%)及び脂質を会合しているタンパク質(LP約40%)である。従来の方法で得られたグリシニン画分やβーコングリシニン画分には大量のLPが混在しており、今までに見いだされた大豆タンパク質の生理機能性がLPによる可能性も出てきたのである。新しい方法でLPを完全に除いたβーコングリシニン及びそれから得られた小分子ペプチドには、血中中性脂肪低下作用があることがヒトで証明されたが、グリシニンのコレステロール低下作用に関しては混在するLPの研究とともに課題が残されている。今後これらの点を明らかにすることにより、さらに各タンパク質の生理機能性を高める遺伝子改変タンパク質の生産が期待できるようになるであろう。さらに、グリシニンは特異な食品機能を有しており豆腐形成やゲル形成の機能を有しているグリシニンや糖タンパク質であるβーコングリシニンを遺伝的に改変することにより、優れた食品特性として重宝されている卵白様機能を具備させることができれば用途はさらに拡がり、大豆タンパク質が広く利用されるようになると考えられる。しかし、遺伝子改変タンパク質の生産を実現するためには、改変タンパク質を効率的に大豆に蓄積させる方法の開発が必要である。グリシニンやβーコングリシニンをはじめとする大豆種子貯蔵タンパク質は子葉細胞の小胞体で生合成されるが、これらが貯蔵液胞に蓄積されるためには、まず、折り畳まれて高次構造が形成されなければならない。正しい高次構造が形成されないタンパク質は“不良品”として小胞体に備わった品質管理機構により分解されてしまうからである。これは近年の動物細胞や酵母の研究で明らかにされた真核生物に普遍的な機構で、動物ではその破綻が糖尿病・高血圧・アルツハイマー病やパーキンソン病などの発病に関わっていることが明らかとなってきたため、その分子機構や遺伝子発現調節機構が現在最もホットな研究課題となっている。一方、植物ではこの分野の研究は始まったばかりである。植物に備わった機構は酵母や動物と普遍性を共有していると考えられるが、植物独自の特性も存在するはずでありその実像はほとんど明らかとなっていない。小胞体で迅速に高次構造が形成され“不良品”として排除されないような遺伝子改変種子貯蔵タンパク質の「改変デザイン」に加えて、タンパク質の折り畳みに関わる装置や不良品の認識及び分解に関わる機構を分子レベル解明し、生産する改変タンパク質に特化した小胞体機能の増強あるいは低減を行うための研究が必要である。筆者は大豆を対照として現在この分野の研究を行っている。

〈京都大学大学院農学研究科准教授〉

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