随想・雑感

わが国の科学情報発信力

選考委員 村本 光二

 今年の2月に日本学術会議で「グローバルな情報発信機能の強化に向けて-日本発科学論文誌の強化」と題するシンポジウムが開催されたことをある情報誌で知りました。科学技術情報発信におけるわが国の力不足については、日ごろ感じているところですが、国としても第2期科学技術基本計画で「国際的な情報発信力の強化」を打ち出したそうであり、これは是非そうなって欲しいと思います。国内の学協会では、刊行している学術誌のインパクトファクター(IF)を少しでも引き上げようといろいろな工夫と努力をしていますが、欧米の有名学術誌を重視するわが国研究者の性向は変わっていません。これには職位や研究費の審査・評価のあり方と強く関わっていますが、海外の学術誌に比べて国内のものはたいてい評価が低くみられがちです。さきのシンポジウムでは、わが国の研究開発における実力とは別に、こうした国内学術誌に国際競争力がない状況とその改善策が話し合われ、優れた科学情報を発信するアジア地域を基盤にした学術誌の必要性が説かれたといいます。

 最近の研究室における情報ツールの進歩には目を見張るものがあります。ウエッブ検索により居ながらにして世界中の多様なデータベースから文献などの情報を入手することができるだけでなく、ある論文がほかの論文にどれだけ引用されたかというようなことも容易に調べることができます。さらに研究成果の発信は、インターネット上で投稿・査読が行われ、閲覧も電子ジャーナルで可能になりつつあります。当然、これらの学術情報はただではありません。われわれの大学では海外学術誌の購読経費高騰に対処するために、部局間で重複する購読誌を調整したり電子ジャーナル化によって節約を図りました。しかし現実には、節約どころか1研究室当たり約100万円にのぼる購読経費は増加する傾向にあります。その理由としては、学術誌の刊行が少数の海外大手商業出版社に集中化されつつあり、一括契約の名の下に購読契約が著しく制約を受けるようになったことがあげられます。すなわち、その出版社が刊行する学術誌の中から必要なものだけを購読することはできず、不必要なものまでも購読せざるをえない状況となっています。

 ほとんどの国内学協会は、その重要な役割として学術誌を刊行し、会員に研究成果を発表する場を提供しています。会員から投稿された論文をできるだけ多く掲載すると同時に,掲載する論文の質を向上させ、その学術誌の評価(たとえばIF)を高めることは至難であって、そのために投稿数の伸び悩みや購読者の減少というスパイラルに陥っています。さらに厳しい財政状況などから欧文誌の刊行を海外商業出版社に委託するところも増えています。確かに出版委託により海外における学術誌の頒布性、優れた英文編集や電子ジャーナル化による恩恵も少なくありませんが、さきの海外学術誌購読料の件などを考えると、このままではわが国における科学情報発信力の空洞化だけでなく、「科学情報の安全保障」が危ぶまれます。

 不二たん白質研究振興財団の選考委員に任じられ3年が経過しました。私はその間、多くの方々の献身的な支えによって財団が大豆たん白質の研究振興に非常に大きな貢献をされてきたということを知ることができました。その貢献は、研究助成や研究報告会、公開講演会だけでなく、学術誌「大豆たん白質研究」の刊行にも及んでいます。掲載論文はChemical AbstractsやJICSTにも登録されていますが、わが国の科学情報発信力を強めるには、学術誌「大豆たん白質研究」の重要性が今後ますます高まるものと考えています。

〈東北大学大学院生命科学研究科教授〉

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