随想・雑感

油脂と大豆たん白の研究

前評議員 岩永 幸也

 私が大豆たん白の研究・開発に携ったのは古いことではなく約十年前からである。

 入社以来、油脂、それも主として結晶を扱う固形脂の研究・開発にかかわってきたが、蛋白質を扱うようになって非常に戸惑ったことがある。

 油脂の結晶に関して少なくともその基本的な技術は1970年代までにほぼ完成していたと言って良い(もちろんそれ以後も種々の発見はあったが)。したがってほとんどの事柄は結晶型や構造との関連において理論的に考察、説明をすることが出来た。

 ところが蛋白質に関して議論する際多くの場合、あるところまで来ると議論が止まってしまうのである。

 理由はそれ以上細かいところまでは構造が明らかになっていないからと言うことであった。そのとき初めて私自身が油脂の分野では構造との関連から物事を考える習慣になっていたことに気づいたのである。

 考えてみると蛋白質は生命現象に直接かかわっている物質だけに油脂と比べるといろんな面において桁違いに複雑であるのは当然であろう。それだけに充分解明されていないことが多い代わりに面白い点も多く、それ以後は小さいことながら新しい発見の連続であった。

 大豆たん白の利用という面から我々はSPI(分離大豆たん白)を 中心に進めてきたが現在の市場の広がりから見てこれはこれで間違っていなかったと思う。分離の技術で蛋白質の純度を上げることによりいろんな機能の強化を求めてきたのであるが、最近の研究から新しい事柄が分かってくるとこのSPIの純度が非常に中途半端であることが邪魔になりだしたように思う。

 油脂の分野では構成する物質が比較的簡単であることから分離や合成の技術によって純度の高いものを得やすく、トリグリセリドの分子種ごとや含まれている少量、ないし微量成分それ自身の研究によって新しい機能が明らかになり、新規な用途や市場が広がってきたものである。

 蛋白質の分野でも同様のことが急速に進んでおり、特にDNAとの関連では異常とも思える進展ぶりである。この点から見るとSPIは構成している蛋白質や含まれている少量成分の種類などが非常に多く、機能を研究するにしてもどの成分と関連しているのかが複雑で解析がむつかしい状況になっている(それだけ技術が進んだ結果ではあるが)。

 一方用途を食品に限った場合、原料に近いほど食品らしくまた使いやすい。各種の技術を用いて不純物を除いていくと個々の機能は強化されて特長がはっきりしてくるが逆に汎用性が失われ、特に風味を中心とした食品らしさは大きく損なわれてしまいやすい。

 大豆たん白の用途開発を進めていく場合も個々の分子種まで絞り込んだ機能の追及と共に原料全体の使い方をベースにした食品としての見方、すなわち“個”と“全体”を常に視野に置いた研究・開発が必要のように思われる。

 当財団においても栄養・生理機能のような基礎的な分野から応用を考慮した工学的なところまで非常に研究の範囲が広がりながら進行しており今後の成果が大変楽しみである。

〈元不二製油株式会社常務取締役〉

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