随想・雑感

コレステロール研究のあゆみ

選考委員 菅野 道廣

 日本人はなぜかくもコレステロールに恐怖心を抱くのだろうか。先進国の中では冠動脈疾患による死亡率はかなり低いにも関わらず、この難解な学術用語に過敏に反応し、血清値の僅かな変動に一喜一憂している。これに応えて(?)、誰にでも容易に参入でき、世間の注目をも期待して、研究者は専門分野を問わず血清コレステロールを下げる食品成分を追い続けている。主客転倒は避けたい。

 不二たん白質研究振興財団の母体である大豆たん白質栄養研究会が発足した20余年前には、大豆とコレステロール代謝の研究に取り組んでいたのは、ほとんどわれわれのグループに限られていた。日本人は大豆を多様な加工品として長年摂取してきており、大豆たん白質は実際の食生活への適用が比較的容易で、食習慣を変えないで血清コレステロールが低下するのであるから、申し分ない食材なのである。しかも、高純度で均質な製品が容易に入手できるという利点が研究を支援してきた。

 食品成分によるコレステロール低下効果についての取り組みには、いくつかの方法がある。われわれは安全性の面からコレステロールや胆汁酸の吸収阻害が作用機作となるような成分を求めていた。そして、Carrollらの系統的な観察が大豆たん白質研究の端緒となった。1980年代前半には動物実験で有効性や作用機作について知見を得、キーストーンでのシンポジウムに呼ばれ、英国で開かれた国際栄養学会議のワークショップで発表し、研究の先端にあることを自負できた。さらに、大豆たん白質がリノール酸の代謝、ひいてはエイコサノイド産生に干渉するという意外な効果を有することも見いだし、韓国での栄養学会議の後、福岡で国際シンポジウムを開催し紹介した。

 このようなことで、大豆たん白質に関する研究は満足いく成果を得たが、実に15年以上にも及ぶ大豆たん白質研究会からの研究資金の援助なしには、当時の状況からして研究は到底日の目を見ることはなかったであろう。HMFと呼ばれる非消化性画分が胆汁酸排泄を促進し、劇的な降コレステロール作用を発現することなどは、不二製油からの試料提供なしには達成できなかったことである。お陰で、大豆たん白質の研究では4名もの農学博士を育て上げることができた。深謝する次第です。

 不二製油という企業が、研究助成を柱に財団法人組織を作り上げるまでに至った背景には、国民健康への寄与という確固たる信念があったからに違いないが、研究者の側もこの意図に少なからず応えてきたのではないだろうか。不二たん白質研究振興財団の歴史は、わが国の大豆研究の進展そのものであると言えよう。現在では研究は多様化し、夢多き素材「大豆たん白質」について高度な研究が進展している。今後の展開は研究者側のより一層の切磋琢磨如何にあろう。長年のご厚誼に感謝し、財団の繁栄を祈ります。

〈九州大学名誉教授・熊本県立大学環境共生学部長〉

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