随想・雑感

黒豆と私

前監事 松本 稔

 3期勤めさせて頂いた監事をこの度退任いたしました。「・・たん白質研究振興財団」という名称から、文化水準の高い活動をしている組織であろうという想像はしていましたが、「百聞は一見に如かず」で監事をやってみて、やはり想像通り健全な倫理観の基に運営されている組織であることを実感すると同時に、お金の計算とはほど遠いところで生きてこられた学者の先生方を中心とするアカデミックな会議の凛とした雰囲気は、経理計算の世界に身を置いている私にとって新鮮かつ緊張感を感じるものでした。

 さて私と大豆についてお話させて頂きます。30年程前に三田市に150坪ほどの農地を手に入れました。山田錦という酒米の田んぼだったのですが永年放置したままでしたので草ぼうぼうの状態でした。そこに5、6年前より草取りを兼ねて丹波篠山種の黒豆大豆を栽培することにしました。真夏に汗を流しながら、草取りをし水やりをするのはかなりきついものですが、秋口にはいって自分の手で鞘を摘み取り、茹でたての枝豆をビールのおつまみに供するときの、気分の高揚は今では何物にも代えがたいものになっています。大粒で深緑色をした丸い物体を指で緑の鞘から押し出して口に放り込んだ時の、ぷちっとした歯ごたえはなんとも言えないものです。晩秋には黒豆として収穫し、竹細工のザルにいれて乾燥させおせち用に使います。炎天下で草取りをし、蛇に出くわす度にこわごわ見守るスリル、青虫を除去する面倒さ等々の、色んな思いが作品の一粒一粒に込められていて、それらが複合して、自作の大豆にはスーパーで買うものとは一味も二味も違った味が出るのでしょうね。私は関西人としては比較的珍しいと思うのですが納豆も大好きです。アツアツの銀シャリに絡ませて食べるととてもおいしいなと感じます。

 大豆にとって私は生産者の存在であり、同時に大豆を生まれたままの形で食べ物とする単純そのものの消費者の存在であるに対し、財団は大豆にとっては魔術師集団のような存在なのかと感じます。科学者の先生はどうしてそのまま食べれば一番美味しい豆を、あえて形を変えてまずい味の物体に変換しようとされるのでしょうかねー。食品は美しく料理し、美味しく食べてこそ、健全な心を育み、そのことが消化を促進し結果として健康に寄与するのではないか。このような保守的な考えだけでは社会は進歩しないということは理性という部分では納得しているのですが、それでも学問的原始人の私としては、「ペプチドなんとか」ではなくて、丸い玉の原型のままビールのおつまみとして美味しく食べるための美しい形をした黒豆作りに、あと暫しの間汗を流したいと思うのです。

 かく主張する私ですが、悪玉コレステロール値が高く動脈硬化がかなり進んでいるよ、と数年前にドックで脅かされてから、不二製油の調整豆乳を欠かさず毎朝飲んでいます。多分その効果でしょうか、最近かなり数値が向上してきており、身近なところにいいものがあったものだと感謝してもいるのです。又、ペプチドジュース缶をキャリーバックにしのばせ、ここ一発というときにパートナーにはさりげない風でごくりとやり、いつもより10ヤードは距離が出たよと自慢してもいる私なのです。人間は矛盾の塊ですよね。この侭この財団の監事をあと2、3年続けるとかなり大豆蛋白の虜になれるだろうにと残念に思います。

 短い間でしたが皆様色々ご指導賜り本当に有難う御座いました。財団の存在感がグローバル規模で高まりますよう陰ながらお祈り申し上げます。

〈公認会計士〉

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