随想・雑感

大豆たん白質研究の広がり

選考委員長 鬼頭 誠

 大豆食品を定期的に摂っていると、乳がん、大腸がん、前立腺がん、骨粗しょう症、心疾患などの予防や更年期障害の軽減などに効果があることが知られつつある。

古来、アジア地域では大豆を丸ごと利用した煮豆、味噌、しょう油、とうふなどの食品を摂ってきた。しかし、19世紀になって大豆がアメリカ大陸で栽培されるようになると、油糧種子としての役割が脚光を浴びるようになり、約20%含まれる油がとり出され利用されるようになった。搾油後の残渣は主として家畜の飼料として使われた。しかし、やがてこの中に高含量に存在する大豆たん白質が食品素材として利用されるようになり、大豆たん白質についての研究が行われるようになった。

当研究振興財団の前身である「大豆たん白質栄養研究会」では、当初単離大豆たん白質の栄養性、特に必須アミノ酸含量とその役割についての研究が展開された。そして、単離大豆たん白質の高い栄養性が認識されるようになり、単離大豆たん白質の利用拡大に貢献した。その後、大豆たん白質の持つ生理機能についての研究が展開され、単離大豆たん白質が血中コレステロールレベルを低下させる機能を持つことが明らかにされた。1999年、FDAは1食当り6.25gの単離大豆たん白質を、飽和脂肪酸およびコレステロールの少ない食事と一緒に食べるという条件で、心疾患のリスクが軽減できるという食品表示をしても良いということを認めた。しかし、1食当り6.25gという量を毎日食べるのは困難であると言わざるをえない。

単離大豆たん白質は決して単一の成分から構成されているのではなく多成分からなっている。大豆たん白質としては、グリシニンおよびβ-コングリシニンが主成分である。そしてこれらにイソフラボンやフィチン酸が結合している。単離大豆たん白質によるコレステロール低下作用はグリシニンによるものと考えられたが、最近の研究ではグリシニンとイソフラボンの協調作用による可能性が示唆されている。乳がん予防や更年期障害軽減効果などは、女性ホルモン様作用を持つイソフラボンに負うところが大きい。しかし、多成分、多機能性の集合体である単離大豆たん白質の効能を人間が効率的に利用するには、毎日多量を食べなければならないという障壁にぶつかることになる。そこで、これらの成分を別個に分離濃縮し、個々の性質を明らかにすることにより、少量で高い生理効果が得られる食品素材の開発が求められるようになってきた。ここに、第2世代の大豆たん白質研究が始まることになったわけである。

不二製油研究所のスタッフは、フィターゼを用いて豆乳からフィチン酸を除去することにより、グリシニンとβ-コングリシニンを工場レベルで簡単に分離調整する方法を開発するのに成功した。得られたβ-コングリシニンは血中トリグリセリドレベルの低下及び、HDLの上昇という生活習慣病で最も重要なキーワードを満足させる画期的な生理機能を持つことが明らかとなった。単離大豆たん白質中に占めるβ-コングリシニンの割合が低いために、表に出ず隠れていた生理機能が単離濃縮する手法を用いることにより明らかとなったことになる。今後、β-コングリシニンは新規な生理機能性食品素材として大きく成長していくことが期待される。

冒頭に述べた大豆食品の持っている生理機能は、分子レベルで個々の成分を扱うことにより説明できるようになった。しかし、大豆たん白質を高度利用するためには、食品機能の面からの研究が必要である。例えば、最近の狂牛病騒動、特に牛から人間への感染による新型ヤコブ病の発生は、ヨーロッパの多く人々に牛肉離れを起こさせつつある。大豆たん白質が牛肉に代わるチャンスである。しかし、そのためには好ましくないフレーバーの問題を解決しなければならない。このように、大豆たん白質の研究は多くの課題と夢を包含しているといえる。研究の更なる広がりと深まりを期待している。

〈京都大学名誉教授〉

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