随想・雑感

振り返ってみると

前理事 芦田 淳

 私は今年87歳という高齢になりましたので理事を退くことにした。「財団時報」編集部からの依頼を受け、私にとって古くからの友人であった故井上五郎氏、故川村信一郎氏の思い出を辿り、当時の資料を紐解きながら綴ってみた。

古くから食べられていた大豆が単に良好なたん白質の給源であるばかりでなく、血中コレステロールの低下作用があるらしいとの報告が出された(C.R.Sirtori, 1977)。その頃不二製油株式会社では分離大豆たん白質(SPI)がつくられ、これを用いた食材が製造されるようになっていた。このような状況のなかで、同社西村政太郎社長(当時)は一層の発展に資するため、分離大豆たん白質を用いた研究を募集し、選考された研究に助成する「大豆たん白質栄養研究会」を設立し(1979)、理事長に就任された。そして、ヒトのたん白質栄養の分野で優れた研究業績を挙げておられた徳島大学教授井上五郎氏(当時)を研究会委員長に迎えられた。そして、同委員に私も加えてもらった。この委員会は、提出された研究課題の選考、研究成果の発表会の進行、それを記録した「大豆たん白質栄養研究会会誌」(1980, Vol. 1創刊)の編集を担当し、何れも厳正、且つ適正に行い、年々充実していった。

ここで忘れてならない人がいる。香川大学名誉教授の川村信一郎氏である。氏は抜群の語学力を持ち、文献抄録に優れ、世界の化学文献抄録誌Chemical Abstract (C.A.)の日本における栄養、食品学関係のEditorであった。川村氏が「大豆たん白質栄養研究会誌」をC.A.に紹介して、Vol. 1(1980)から同誌に掲載されることになり、世界にその存在が示されることになった。さらに、日本ばかりでなく世界のあらゆる大豆たん白質関係の文献についての概要を年度毎にまとめるとともに、項目別に各文献の抄録を記載し、大豆たん白質栄養に関する内外の文献の解説目録集と題し、会誌の各Vol.(Vol. 2~)のNo.2とし、大豆たん白質研究者に多大の便宜を与えた。

研究会設立8年後(1987)、SPIにとって新しい展開があった。その年の秋、大阪で第5回アジア栄養学会議が開かれ、そのSatellite Symposium : Soy Protein in Human Nutritionが研究会主催で、井上五郎氏を会頭に大阪国際センターで開かれた。フィリピン、インド、タイ、台湾、インドネシア、中国の研究者の発表に加え、井上氏が留学していた米国MITのV.R.Youngが出席し、SPI(Supro 620)の栄養特性が報告された。日本からは研究会関係者:岸恭一、林伸一、菅野道廣の諸氏が参加、発表された。さらに不二製油(株)の谷口等氏が参加され、SPIを用いた諸食品の紹介とその普及について報告された。国際的展開であった。

研究会は着実に成果を挙げ、順調に発展した。1991年、より一層の充実、発展を目指して研究対象を広げ、「大豆たん白質研究会」に改めることになった。

川村氏の抄録集も順調にVol. 12まで続いたが、Vol. 13, No. 2の作成途中で逝去され、不二製油(株)の藤原正雄氏が補足完結した。12年間に亘り収録された抄録数は1,984編に及んだ。川村氏の読書力、記述力は抜群であった。私は川村氏と同じ研究室出身の2年後輩で、1年間同じ実験室で過ごしたことがある。時々実験室を留守にされる理由を尋ねたところ、東大交響楽団(ビオラ;OB)の練習とのこと、また夕方時々オランダ語の講習会に出かけておられた。第2次大戦中であり、占領ジャワ島の油脂植物の文献を読む必要があったためであった。西村氏は川村氏の死を悼み、氏の著書、論文目録、随筆等を収録した単行本“音楽・語学・化学”(随筆の名前からとる)を出版されたが、正にそれを貫かれた生涯であった。氏の蔵書は“川村文庫”として財団事務所に収められている。

川村氏が逝去された4年後の1996年、井上氏も亡くなられた。私も井上氏も同じたん白質栄養を研究していた。ヒトと実験動物と対象は異なっていたが、そのことがお互いに補完し合うことになり、必須アミノ酸研究委員会を通じて1960年以来親しく交わっていた。お酒好きの両氏と共にした楽しい思い出が数々ある。両氏はともに生を全うされ、しかも有終の美を飾られた。お二人とも立派だったなあと改めて感じている。

その後、研究会は文部科学省認可の財団に発展し、しかも日本の大豆たん白質研究の中心的存在となり、今日に至っている。西村氏の意図は見事に実った。振り返ってみると、西村、井上、川村三氏のトリオが今日の財団の発展につながった。

現在、国立大学の独立法人化の実現が近づき、各大学はビジネスに結びつく研究を模索している。その理想的な一つの型をこの財団に見ることができる。

財団の一層の発展を祈っている。(2001/5/30)

〈名古屋大学名誉教授〉

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