随想・雑感

理事長退任にあたって

名誉理事長 西村 政太郎

 去る3月末にて、当財団の理事長を退任致しました。 昭和54年(1979)6月に当事業を創設以来20余年に亘り理事長を務めました。皆様の温かいご援助あってのことと存じ、厚く御礼申し上げます。すでにご存知のことですが、平成11年新山喜昭先生がご体調故に理事をご退任になりました。当3月には芦田淳先生および渡邉篤二先生がご退任されました。お三方共、当事業の運営に厳しく深く携わっていただき、多くのご貢献を賜ったことは申すまでもありません。創業時より携わられた方々のご退任は、当事業も一時期を画する時が来たことを覚えます。

顧みまして、昭和41年(1966)不二製油株式会社は分離大豆たん白質の製造を主とする事業を開始いたし、その利用開発に力を注いで参りました。昭和50年(1975)頃から米国を中心として、大豆たん白質の栄養に関する研究は盛んとなり、昭和54年(1979)頃には活発な研究発表も行われて参りました。当時不二製油は、徳島大学にご在籍の井上五郎先生より当事業に種々ご指導を賜り、日本にも大豆の栄養に関する研究体制を作ってはとのご示唆を賜りました。井上先生のご主唱で粛々と準備が進められ、昭和54年(1979) 6月、設立のための準備委員会を開きました。現在当財団の理事をご担当賜ります諸先生が参加され、「大豆たん白質栄養研究会」と名付け、その場で当財団の前身は発足いたしました。 当会は大豆たん白質の栄養、はたらきに関する研究助成を目的として、その助成金及び経費は不二製油の支出とし、第1回の研究助成が行われました。その翌年(昭和55年、1980)第1回の発表会がささやかに行われ、現在、第22回を数えるに到りました。井上先生は、平成8年1月ご逝去されるまで、委員長および理事をご担当になり、そのご業績は高く、当会の創設者として記された創立趣意書「『大豆たん白質栄養研究会会誌』の発刊に際して」は、当事業の趣旨を明確に記した歴史的な文章であります(本誌「資料」p54参照)。

ご存知の通り、当研究会は、助成研究領域の拡大を図り平成3年(1991)名称を「大豆たん白質研究会」と改め、更に平成9年(1997)4月「不二たん白質研究振興財団」として再発足いたしました。運営機関としての理事会、評議員会、選考委員会には、夫々の分野に優れた学識を持たれるご専門の先生方のご参加により、研究応募者の信頼も厚く、充実した運営をもつに到りました。

研究応募は年々増加し、その発表会は平成13年には22回を数えることになりました。 個々の研究内容は「大豆たん白質研究」誌に収載され、広く世界に紹介されています。 又当財団(研究会を含む)の企画する「大豆たん白質の栄養、はたらき」に関する公開講演会は、数年おきに適時開催され平成11年(1999)第4回目に到りました。斯くして財団は今日に到っております。

然し他方大豆たん白質に関する研究は従来の人間栄養に止まらず、広く人間生活の多岐に亘る領域に拡大されて参りました。 研究内容もさらに深まり、平成12年度には始めての試みと致しまして、複数の研究機関による複数年度にわたる21世紀を見据えた特定研究助成の募集を行いました。

財団の運営は20余年を経て新たな変革期を迎えるに到りました。従いまして、財団の新しき運営は、新しき理事各位と深きご専門の学識を持たれる諸先生に委ねられるべしとの思いに至り、この度の退任を決した次第であります。20数年の長きに亘るご援助、ご指導に深く謝意を表する次第であります。

私は昭和54年(1979)6月「大豆たん白質栄養研究会」が設立された瞬間を忘れることはありません。 不二製油株式会社が初めて社会的に有意義な役割を負うことに、深い感動を覚えました。 又その翌年第1回の発表会が不二製油の会議室で開催されました。発表者も参加者も現在とは比すべきもなく少数でしたが、熱心な討議が終了した時の感激は今尚変わりません。尚、当日の研究発表では、何れも大豆たん白質が乳たん白質との比較において語られたことが私の脳裡に深く残っています。

改め、厚く御礼申し上げ、当財団の益々の発展を念じます。

〈不二製油株式会社相談役名誉会長〉

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