随想・雑感

福場博保先生のご逝去を悼む

元理事 島田 淳子

 恩師福場博保先生は平成25年5月31日に91歳の生涯を閉じられました。心から哀悼の意を表します。

 先生とのご縁は60余年前に遡ります。お茶の水女子大学の学生として先生のご指導を受けたのが始まりです。若き先生のお講義は活力とスピードと横文字に満ち溢れ、未知の世界を知る喜びを私たちに与えて下さいました。時にはあまりのスピードに呆然とする私たちに、あっと驚かれてスピードダウンなさることも。
 年を経て、お茶の水女子大学および昭和女子大学で同僚の端くれとさせて頂き、生涯変わらぬご指導を頂きました。感謝の念でいっぱいです。

 先生は昭和20年に東京帝国大学農学部農芸化学科をご卒業になり、昭和27年にお茶の水女子大学に赴任されました。昭和41年には教授となられ、昭和62年に定年退官なさるまで、35年間の長きに亘って教育・研究に尽力されました。この間、生活環境研究センター長、学生部長、評議員など要職を務められております。ご退官後直ちに昭和女子大学に移られ、大学院生活機構研究科委員長として、大学院教育の基礎を固められました。さらに短期大学部学長、女性文化研究所長、学園評議員、同理事等の要職を歴任されたばかりでなく、人見理事長先生ご逝去の後を受けて学長となられ、昭和女子大学の発展にそのお力を発揮なさいました。平成15年からは、法人の名誉理事をお務めでした。

 先生のご研究は、澱粉を初めとする多糖類や油脂類の食品科学的研究、各種脂肪酸の自動酸化機構や代謝機構、ビタミンEの抗酸化機構等多岐に亘っており、昭和51年には、日本澱粉学会から学会賞を受賞されております。先生はまた日本栄養食糧学会、日本食品衛生学会、日本澱粉学会、日本調理科学会、日本油化学会、日本食品工学会他多数の学会の会長、役員として学会の発展に貢献なさいました。また日本学術会議会員、厚生省栄養審議会、同公衆衛生審議会、同食品衛生調査会の委員、文部賞大学設置審議会、同保健体育審議会、同日本体育学校健康センター運営審議会の委員等を務められ、2度に亘り大臣表彰を受けておられます。さらに公益財団や民間団体の役員も兼務され、日本人の食生活の向上に精力的に取り組まれました。
 平成9年には勲2等瑞宝章受章の栄に浴されております。

 先生は本財団創設時に評議員に就任され、8年間に亘って、研究助成の振興・充実に務められました。先生は、広い学術分野への助成充実が肝要であるとのご意見を強くお持ちでした。本財団の研究助成が当初の栄養学主体の助成から、食品学、さらには調理科学分野へと広がって行った背景には、先生のこのような信念があったと思います。

 こうして今パソコンに向かっていますと、活力に満ちた先生のお声が聞こえてくるような気が致します。日本人の食生活の基本にある米と大豆についてもっと研究しなければいけないとおっしゃった時のこと、日本型食生活の重要性を説かれた時のことなど、何を思い出しても、日本人の実際の食生活までを視野に入れて語る先生の情熱がひしひしと伝わってきます。いつもいつもエネルギーとスピードに満ち溢れていらっしゃった先生。

 そんな先生が、ご自分のことをダメな人間だとおっしゃったことがあります。毎日の調理は全て奥様にお任せしていて、自分では何一つできない、とおっしゃったのです。それからまもなく奥様が亡くなられました。先生は生きる気力をなくされてしまったような気がしてなりません。

 調理など誰にでもできます。しかし、調理中には食品の化学的、物理学的、組織学的変化が、ある時は瞬時に、ある時は時間をかけて、単独にあるいは相互作用をしながら起こります。系の複雑さが研究の難しさになっています。

 先生のような方が、実際に調理をなさっていらしたら、調理科学の研究にたくさんのヒントを下さったことでしょう。そう思うと、先生がご自分で調理をなさらなかったことが残念でなりません。

 生涯に亘るご指導を頂いたことに改めて感謝申し上げ、先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

〈お茶の水女子大学名誉教授・昭和女子大学名誉教授〉

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