随想・雑感

大豆研究で国際貢献 -大豆の底力-

選考委員 山本 孝史

 大豆は伝統的に東アジアを中心に利用されてきた長い歴史がある。一方、現在の食料生産上の三大主要国はアメリカ合衆国、南米のブラジルとアルゼンチンである。アジアの大豆大国である中国は生産では世界4位にもかかわらず、2005/2006時点でみると日本の10倍を超える需要量を満たすために輸入量が世界の約43%を占める。現在もなお増加の傾向にあり、世界一の輸入大国でもある。ちなみに日本の輸入量は約6%である。

 日本人にとって大豆から連想されるものとして、きな粉、豆腐、味噌、納豆、煮豆などの食べ物が目に浮かぶ。また、枝豆やモヤシなども含め直接食品として利用しているが、世界の主要輸出国にとっての大豆は家畜の飼料であり、油脂を搾るための原料としての換金作物である。語源は定かではないがアメリカで大豆は「大地の黄金」とも表現されているらしい。

 ヨーロッパに日本の大豆を初めて文書で紹介したのはドイツの植物学者ケンペル(Engelbert Kaempfer, 1651-1716)といわれている。彼は1691年から92年にかけて長崎出島の医師として滞在しており、その間に江戸にも出府している。帰国後、日本の植物について『廻国奇観』として出版・紹介した(1712)。その中で大豆及び大豆のいろいろな加工品についても詳細に記載しているらしい。意外と古い。しかし、欧米人にとって大豆はそれほど古い農産物ではない。

 「大豆は畑の肉」とよく表現される。これは明治6年(1873年)ウィーン万国博覧会に日本の農産物として大豆や寒天が出品されたおり、オーストリアの学者ハーベルランドなる学者の命名によるとする説があるがどうも釈然としない。1800年代にたんぱく質の「栄養価」がどれほど明らかにされていたかは定かではない。窒素平衡を保つために必要なたんぱく質の最小量がたんぱく質の種類によって異なることを初めて観察したのはルブナー(1879)であった。一説によるとこのキャッチコピーは19世紀末のドイツで作られたものともいう。大豆の栄養価の高さやたん白質が豊富なことなどが注目され特にドイツでは栽培への取り組みが試みられた。土壌があわず取り組みは成功せずコピーだけが生き残り広く知られるようになったという。ナチスドイツでは満州から大豆を輸入し煙製納豆をギリシャ戦線で軍人の食糧に採用したそうである。しかし、「言い得て妙」とはこのことで、現代科学でそのキャッチコピーの正しかったことがはっきりと証明されている。

  大豆にかかわる組織だった近代的な研究は旧満州時代の満鉄による「中央試験所、農事試験場」によるものが知られている。そこで研究、開発された製油技術や大豆たん白質高度利用の研究は現代における大豆の利用にも大きく貢献しているという。

 大豆は重要な食糧資源であり、価値の高い換金作物である。大豆の栽培、育種、利用などの研究は世界中でなされている。川村信一郎先生はChemical Abstractsから大豆に関連した研究を12年間にわたって調べられた。大豆たん白質栄養研究会会誌Vol.2(1981)~Vol13(1992)各巻の別冊として計1984題の抄録が紹介されている。大豆にかかわる研究が多面的に進められていることが分かる。そして研究会が少なからず貢献していることも。

 その大豆たん白質栄養研究会は大豆たん白質の「栄養学的評価」「生理学的機能性」「食品学的基礎研究」分野の研究振興を意図して昭和54年(1979)に組織され、研究助成と成果の公表(会誌の発行)を行って頂いてきた。いうまでもなく本財団の前身である。平成4年(1992)にはより広範な大豆たん白質の普及・利用を目指しての大豆たん白質研究会と改称された。平成9年(1997)には、文部省(当時)所管の公益法人(財団法人)として不二たん白質研究振興財団を組織するに至り、今年平成21年(2009)は30周年となる。本年秋には通巻して第30巻の研究報告会記録が発刊され、掲載された演題数は実に延べ732題にのぼる。

 1930年代のフォード自動車における大豆の研究・利用に対する取り組みは、アメリカにおける当時の大豆農政に少なからず影響を与えたという。欧米における食品としての大豆利用は今動き出している。単なる油糧用種子や動物性たん白質作成のための飼料としてではなく、大豆供給地域である南米のみならず、ロシア、中近東、アフリカなど地球規模で大豆・大豆たん白質が食料として活用されれば食糧資源の確保や飢餓の克服にも貢献できよう。

 日本は環境問題やテロ対策、経済対策など多様な側面から国際貢献が期待されているが、大豆研究の推進・応用は、大豆消費国であり、大豆利用/大豆研究先進国の日本にとっての責務でもあろう。この財団のもつ意義と役割は大きい。 

参考:刊行された研究報告誌(通巻で表示)

   大豆たん白質栄養研究会会誌
    Vol. 1 (1980/8/11報告) ~Vol. 13(1992/8/3・4報告)

   大豆たん白質研究会会誌
    Vol. 14(1993/8/2・3報告)~Vol. 18(1997/8/4・5報告)

   大豆たん白質研究(財団誌
    Vol.19(1998/8/6・7報告)~Vol. 30(2009/6/1・2報告)

〈長崎国際大学健康管理部教授〉

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