随想・雑感

食の安全と安心のゆくえ

評議員 森 友彦

 食べ物に関して今何が一番気になるかと問うと、多くの人が安全をあげ、またその裏返しである不安をあげるであろう。少し時代を遡って子供の頃を思い出してみると、食べ物は勿論安全第一であったが、それは軽度から深刻な重度の食中毒といった身にふりかかる危険を避けるというものであった。当時、安全かどうかは生死に関わる一大事であることを意味したが、それだけに分かりやすくもあった。今の時代ではそのような重大な危険はまず心配することがない代わりに、よく分からない危険性への不安感と不信感が強まっており、それを排除することが安全の中味に加わってきている。安全と同時に安心と信頼が求められていると言える。

  私達が、日頃この食べ物は安全で安心で信頼できるという場合、健康に害がないのは当然として、さらに健康の維持、増進、回復に役立つという積極的な役割がその食べ物に具わっていることを意味しているように思われる。そうであれば、食べ物は健康のために無くてはならない大切なものであるとの理解を徹底的に広め深めていくことで、安全確保のための細心の注意や信頼を築くための努力を決して怠ることがないようになっていくのではないであろうか。相も変わらない食をめぐっての安全を脅かし不安をかきたて信頼を損なうような不祥事や事件は、その根っこのところで食べ物を利益追求のための手段にしていることがあるように見える。食べ物は生きるため健康を守るためにかけがえのない大切なものであるということが分かっていながら、損得を優先して、見て見ぬふりをしているのではないかと思える。それで、ここでは、食べ物がどれほど健康に必要なものであるかについて理解を深め認識を高めるという視点から二、三の話題を取り上げてみたい。

 食卓の構成という点から主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物に分類し、それらを組み合わせて栄養的にバランスの良い食べ方を推奨する食事バランスガイドへの取り組みが、現在、さかんに進められている。日常の食事でこのような推奨や指導に従って栄養面や健康への配慮をしつつ幾つかの食品を選ぶわけであるが、現実の食卓では、たいていはどれか抜きやすい食品とか無難なものを省きがちである。おやつ、デザートの類や脇役、副次的なものがはずされやすい。それらを好んで積極的に選ぶようにすることが望ましく、そのためには栄養面での品質の確保と向上が欠かせないであろう。また、その際、いずれのタイプの食品もおなじように安全面や品質面で手抜きされることなく食卓に届くようでなければならない。食事バランスガイドの普及から食育への展開が進むことで、食づくりの現場での従事者の意識の向上や意欲の高揚が促され、それを可能にする環境が生まれてくるようになるであろう。

 一方、食べ物と健康の関係は、個人においても国レベルでも重大な関心事であり、社会や文化が変化し成熟するのに似て時代とともにより深化し複合的なものになっている。先の戦争前後の時代から現在までのほぼ70年間に、健康面については栄養失調から成人病を経て生活習慣病が大きな問題として取り上げられ、さらに直近ではメタボリックシンドロームの名のもとに警鐘が鳴らされるに至っている。また、この間、食べ物の側では量の充足の努力に始まり質の向上や機能性食品の開発などが進められ、それぞれの時代ごとの問題・課題に対応してきた。ニュートリゲノミクスの登場によって何時、何処で、何を、何のために食べるのかが分かりやすくなり、赤ちゃんから高齢者まで食事内容と健康の良い関係について個人個人で明らかにすることが可能になってきた。テーラーメイド食品の創出も視野に入ってくる情勢である。このような新たに展開する食べ物の新世界においては、消費者はもとより生産者においても安全、安心、信頼は決して損なうことの許されない約束事であろう。

 食品安全委員会が動き出してほぼ5年が経ち、さらにその発展の方向で消費者庁の設立が構想されている。これを柱としてたのむのは前提としたうえで、やはり、人と人の信頼関係を尊重し正々堂々と対処することで食べ物の安全、安心を守りたいものである。

〈畿央大学健康科学部教授〉

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