随想・雑感

食習慣と栄養改善

選考委員 山本 茂

 私は不二製油が開発した大豆ヨーグルトには甚く感動している。私の友人のアムール医科大学の教授は、ロシアにおいて大豆の普及活動を行っている。ロシアでは大豆を生産できるが、その利用は動物の飼料に限られている。日本人の健康に大豆製品が貢献したように、ロシアにも大豆製品を導入して、国民の健康増進に役立てたいとの希望である。確かに我々にとってのチーズと同じようにロシア人は豆腐や大豆製品を知らないために食べてこなかった可能性があろう。しかし、一方、新しい食品の導入というのはなかなか難しい点があることも事実である。大豆と健康に関する国際学会の創始者であるMark Messina 博士と学生時代をともにすごした日本人栄養学者は、彼が学生時代豆腐好きと称していたが、その食べ方は豆腐にジャムをつけるものであったと笑い話にしていたのを思い出す。食事は、栄養よりも食習慣に規定されるように思う。すなわち食習慣を変えるというのはなかなか難しいことなのであろう。その点、大豆ヨーグルトは豆腐に比べて世界中の人々に慣れ親しまれた乳ヨーグルトに近いものであるから容易に受け入れられるものと思われる。

 最近、私が人々の食習慣への執着の強さを感じたもう一つのことは、世界で広く使われている栄養指導方法であるフード・ガイド・ピラミッドにまつわる米国での話である。現在の米国のピラミッドは、1992年農務省と厚生福祉省が発表したもので、ピラミッドに横線を引いて、その体積が大きいものをたくさん食べ、小さいものを少量食べなさいという栄養指導ツールで、量に関する感じがつかみやすいので世界中で使われている。米国のピラミッドでは、一番低いところ(体積が最も大きい)は炭水化物で、一番高いところ(体積が最も小さい)は砂糖や油である。このような食事は、日本の食事に近いものである。ところが、最近になり世界的に有名な栄養学者ハーバード大学ウイレット教授が提案した新しいフード・ガイド・ピラミッドでは、白米は砂糖と同じ頂上の小さな部分にあり、一番下の体積の大きい部分は、半分が精製度の低い穀類、半分は植物性油なのである。従来のピラミッドに忠実に従っても健康の改善はほとんどみられなかったが、このピラミッドだと非常に効果があったというのである。アメリカでは、日本人から見るととんでもないと思われるようなフード・ガイド・ピラミッドが成功したのは、米国人は脂質の多い料理が好きだから、その好みを生かしてなおかつ健康を維持するために脂質(lipids)のうち、心臓病などを誘発しやすい脂肪(fat)を減して、それを抑制する油(oil)を増やしたためであろう。栄養改善では食習慣を無視できない例であろう。余談になるが、米を砂糖と同じに扱ったのは、グリセミックインデックスの高い食品は、心臓病や糖尿病を起こしやすいということからである。

 新しい食事摂取基準が最近スタートした。私もこの策定委員として作業に加わった。作成にあたっては、世界中で得られた膨大な疫学的なデータ、あるいは実験的なデータが参考にされた。この摂取基準に従った食事をすれば人々はより健康を維持できるであろうが、そのためには食習慣をかなり変えなければならないであろう。上にのべたように人々にとって食事とは、栄養を満たすことが第一義ではなく、先ずは習慣化した食嗜好を楽しむためにあるものであることを認識して、栄養改善に臨むことが必要であろう。

〈徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部教授〉

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