随想・雑感

雑感

評議員 林 伸一

 本財団の前身である大豆たん白質栄養研究会が故井上五郎先生と西村政太郎不二製油名誉会長の発案と協力で創設されたのは昭和54年 (1979年)であるから今年ではや22年になる。私は創設時から委員の一人として、また財団法人となってからは評議員として参加させて頂いているが、時の流れの速さに驚くとともに、この間16回も研究助成金を受領しながらそれにふさわしい研究成果をこの領域で挙げ得たかどうか自省するとき、忸怩たる思いを禁じ得ない。しかし、本研究会を通じて多くの分野の錚々たる先生方に接することができたのは得難い経験であったし、食品加工、成分育種などふだん馴染みがない分野の研究発表を聴くことも時には眠気を催したものの概して楽しかった。

 大豆たん白質栄養研究会の初代委員長を勤められた井上五郎先生は剛直な親分肌のお人柄で、人のたん白質栄養に関する業績は国際的にも高く評価されている。先生のお弟子さんが3人まで本財団の役員として活躍されていることも先生の学徳の偉大さを示している(新山徳島大学名誉教授、小石大阪市立大学名誉教授、岸徳島大学医学部教授)。日本人の栄養所要量、特にたん白質所要量の策定にも深く関わっておられた。私が始めて先生の知遇を得たのは昭和53年先生が委員長を勤められたたん白質所要量策定小委員会の場であって、ストレスの影響を調べるようご下命を受けた私は、ベテラン教室員のひとりと協力して寒冷ストレスがラットのNバランスに及ぼす影響を確かめる実験を行い、その成績は所要量策定の根拠のひとつとして解説書にも引用して頂いた。私が大阪大学医学部(栄養学、主任田中武彦先生(当時)、当財団理事)から東京慈恵会医科大学に赴任して3年目の頃であった。余談ではあるが、井上先生は囲碁を嗜まれ、たしか2、3段の腕前と伺っていた。同じく碁が好きな私は一度だけ先生と対局したことがあり、のびやかな碁風との印象を受けた。その碁は時間切れで途中打ちかけとなったが、そのけりもつけず先生が亡くなってしまわれたのはまことに残念なことであった。

 本研究会が創設され今日の財団となるまで発展した原動力が財団前理事長である西村政太郎不二製油名誉会長の先見的かつ情熱的なリーダーシップであることは衆目の一致するところであろう。研究発表会にはフルに出席され楽しげに講演や討論に耳を傾けておられる西村前理事長のお姿を眼にする度に頭の下がる思いがしたものである。今春拝受したご挨拶状によれば本年3月末をもって財団の理事長および理事を退任されたよし、まことに淋しい限りであるが、今後も御健康に留意され大豆たん白質研究の発展を見守って頂けることを念じている。

 生命科学における最近の遺伝子工学的手法の発達は目を見張らせるものがあり、多くの分野で従来は想像もできなかった深度まで研究し分子レベルで解明することが可能となってきた。当財団助成研究の発表会プログラムを見てもそのことは明らかである。しかし、生体レベルや生理学レベルでの知見と分子レベルでの理解との間になお巨大なギャップが多く残されていることもまた事実である。私が主として取り組んできた大豆たん白質の降コレステロール効果の仕組みについてもそのことがいえる。この効果が大豆たん白質の消化吸収過程で発現することはほぼ間違いなさそうであるが、その実態はなお未解明であり、イソフラボノイドの役割と共に今後の課題として残されている。

 終わりにあたり、本財団の谷口等常務理事、橋田度前事務局長、山本孝史事務局長を始めとするスタッフの皆様には長年にわたって一方ならぬお世話になっておりますことに心から謝意を表したい。

〈東京慈恵会医科大学名誉教授〉

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