随想・雑感

大豆雑感 -理事退任にあたり-

前理事 渡邉 篤二

 この度財団理事を退任させて頂きましたが、何か感想を含めて財団時報に筆を取るようにとのお話を頂きました。何よりも先ず西村前理事長を始め、理事、評議員、選考委員の皆様方から寄せられた在任中の御指導や御力添えに対し心より御礼を申し上げたいを存じます。

さて話はかなり以前に遡りますが、1964年富士山麓山中湖畔のホテルで行われた油糧種子たん白食品に関する国際シンポジウムは、食品関係の国際会議としては当時かなり先駆的なものでした。参加国は20数ヵ国、対象の主体は大豆で、開催地がわが国となったのはわが国が大豆の食品向け利用の長い歴史と伝統を持っているからとのことでした。会議の主催は米国の学会で、主唱者はイギリスのたん白化学者Anson博士とカリフォルニア大学教授のStewart博士でした。詳しいことは別として、両氏はわが国の豆腐を「分離大豆たん白質利用」の原点に、また大豆の醗酵食品を「微生物、酵素の利用」の出発点として捉え、今後の大豆食品開発の基本技術と位置づけました。恐らくこの会議を契機に、1970年代には当時飼料原料としてしか考えられなかった大豆の食品化を議題とする会議が欧米で次々に開催され、更に1980~90年代にはインド、シンガポール、中国、韓国でも多くの成果発表と情報交換が行われてきました。ご承知の通り、昨年10月にはつくばで大豆の利用加工に関する国際会議が開催され、育種を含めた広範な議題がとり上げられました。

これら40年を通した会議の視点は一貫して、大豆を地域の人々の嗜好に合った食品として利用を高めていくことと、大豆に含まれる多様な生理的有効成分を確認してこれを無駄なく活用することであります。学問の進歩や技術の発展あるいは社会的背景の変化で具体的内容や重点の指向が時代と共に多少変わることはあるとしてもこの視点を支えている根據は資源の有効利用ということでした。大豆を飼料に用いるとたん白質のかなりの部分が家畜のエネルギーや不可食部あるいは排泄物として消費され、肉,牛乳,卵などの食品たん白質として回収される割合はせいぜい30~40%止まりということでした。このことは今日もっと強調されるべきであります。更に、大豆は作物として空中窒素固定能、反当高たん白収量、広範な栽培可能地域といった特性を具えており、また、大豆そのものの保存性といったことが常に大豆食品化の大きな力となって来たという主張も肯ける所であります。

山中湖畔での会議で発表された繊維状大豆たん白質の開発は、当時の日本人出席者に少なからぬ興味を抱かせました。肉を常食とする米国の人達が大豆たん白質に歯ごたえ、咀嚼性を与えたいと思うのは自然のことかとも考えられます。豆腐から鳥肉に似せたがんもどき、豆乳からゆば、更にこれをハム様の食品にした素火腿(スーホータイ)なども東アジアの人達がおいしさを求めて手にした共有の成果といえそうです。最近ではかまぼこを蟹肉様に細く仕上げたものがかまぼこ嫌いのアメリカ人に受け入れられていることも御存知の通りです。今後共新しい姿、形、食感を具えた大豆食品の開発の余地が多く残されていると考えています。

大豆中には色々な成分が含まれており、その一つ一つについて様々な生理的有効作用が認められて来ましたが、大豆たん白質の持つコレステロール低下作用もその一つです。心臓病の多い米国では大豆を含む食品に心臓病予防効果を表示することをFDAが認可し、1日25gの大豆たん白質(1食分6.25g)が有効であるとしています。今後米国でこの目標を目指す大豆食品の開発が活発化することが期待されます。

以上思い付くまま、過去40年の大豆たん白食品開発の国際的な動きを眺めてみました。

終りに新理事長の下、本財団の一層の発展、特に大豆たん白質研究支援の充実を祈念申し上げます。

〈前東京都立食品技術センター所長〉

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