随想・雑感

財団法人への道

理事 芦田 淳

 当時不二製油株式会社の社長であった西村政太郎さんが、日本の古くからのたん白質食品である大豆たん白質の栄養効果についての研究を助成する組織の設立について、日本のたん白質栄養学研究の第一人者であり、たん白質所要量については世界的にその名が知られている徳島大学名誉教授の井上さんに依頼され、大豆たん白質栄養研究会を創られました。私は井上さんと研究上のお付き合いがあり、親しくしておりましたので、この研究会に加わることになりました。この研究会は単に研究費を助成するに止まらず、研究発表会が開催されました。大阪のホテルに全員一泊し、2日間に亘って発表、討論が行われ、また懇親の場が設けられました。研究発表の運営に当られたのは井上さん門下の徳島大学の岸恭一さんでした。さらに、発表会の記録をまとめた“大豆たん白質栄養研究会会誌”が年刊として発行されました。その緻密な編集に当られたのが、同じく井上さん門下の徳島大学の新山喜昭さんでした。また、この研究会誌に関して忘れることができないのは当時香川大学教授であった川村信一郎さんです。川村さんは長年に亘って豆類の多糖類について研究を続けておられましたが、語学力に優れ、文献に関しては一家言ある方で、世界的に権威のある抄録誌“Chemical Abstract”の編集委員でした。会誌には当初から英文の表題とAbstractがつけられ、川村さんの取り計らいで会誌はChemical Abstract に登録されることになり、それぞれの研究内容が直接世界に向けて発信されることになりました。さらに川村さんはChemical Abstract 掲載のすべての大豆たん白質栄養関連文献の抄録をまとめられ、それが会誌の補遺として発行され、研究者に便宜を供与されました。このような条件が揃うと当然応募者は年々増加の傾向を辿り、研究会は質的に向上し、発展して行きました。また、研究発表会とは別個に、国内講演会が東京の経団連会館で、外国の演者を交えた国際講演会が大阪国際交流会館で開かれるなど大豆たん白質栄養の啓蒙が図られました。したがって、この研究会は日本における大豆たん白質栄養研究の中心的な存在となったのであります。このような研究会の発展は必然的に大豆たん白質の食品科学分野をも包含することになり、さらに成分育種分野をも組み入れることになりました。したがって、研究会の名称も大豆たん白質研究会に改められました。つづいて、不二製油株式会社より基金を拠出して独自の財団をつくることになり、文部省許可の財団法人設立の方向に向いました。財団法人の許可については文部省は厳しい姿勢を持っておりますが、この研究会のこれまでの歩みはこれ以上のものを望めないほど完璧であり、“財団法人不二たん白質研究振興財団”が誕生したのであります。誠に見事という以外に言葉はありません。

 振り返ってみますと、井上さんを始めとして、川村さん、岸さん、新山さんがおられたからこそこのような順調な発展が遂げられたのであり、何事も人物だとの感を深めております。その中心的人物井上さん、さらに川村さんが財団法人設立前に亡くなられたことはかえすがえすも残念であります。しかし、何と言ってもこの研究会を設立し、今日まで発展させたのは西村さんはじめ不二製油株式会社関係者が、企業と研究に対する広い、適確な視野のもとにたゆまぬ前進を続けられた結果であります。西村さんが研究発表会に必ず終始出席され、熱心に聴いておられた姿が思い出されます。

〈名古屋大学名誉教授〉

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